2023年01月31日

観たい・聴きたい…覚書(2023.1)

1月中はこの記事がブログの先頭に表示されます。一般の記事はもっと下に出てきます。

岡山禁酒會舘2Fホール
1/22(日) 13:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.262 スペシャル
トリビュート横井久美子ライブ「VIVA KUMIKO」
1,000円
-------------------------------
2/3(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.263
恒例「みんなで自由に表現しましょう!」
500円
-------------------------------
3/3(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.264
「3・11」を想い、自らの人生を語り奏でる…
津軽三味線奏者・蝦名宇摩さんをゲストにお迎えして
2,000円
-------------------------------
3/21(火祝) 時間未定 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.265 スペシャル
衝撃のデビューライブから20年…!
「黒瀬尚彦&すぷりんぐカムカム」結成20周年記念ライブ
2,000円
-------------------------------
4/7(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.266
新たなる飛翔…!
辻井貴子さんをゲストにお迎えして
2,000円
-------------------------------
5/?(?) ??:??〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.267
よしだよしこさんをゲストにお迎えして
詳細未定
-------------------------------
6/2(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.268
「さあもういっぺん!」2023
豊田勇造さんをゲストにお迎えして
2,000円
-------------------------------

島津亜矢さんテレビ・ラジオ出演予定など
1/1(日) 18:00〜22:54 BS朝日「人生、歌がある お正月5時間スペシャル 2023」
1/8(日) 19:30〜20:59 NHK・BSプレミアム「新・BS日本のうた」
1/14(土) 18:00〜18:30 フジテレビ系「Music Fair」
1/24(火) 19:57〜20:42 NHK総合「うたコン」
2/5(日) 19:30〜20:59 NHK・BSプレミアム「新・BS日本のうた」
2/12(日) 12:15〜13:00 NHK総合「のど自慢」

劇団花吹雪[ameblo #1][twitter]
1月 羅い舞座京橋劇場(大阪府)
2月 佐賀龍登園(佐賀県)
劇団花吹雪ファンクラブ
1/31で停止
劇団花吹雪 twitter
春之丞さんのtwitter
春之丞さんのinstagram
桜京之介のブログ
桜彩夜華さんのinstagram
続きを読む
posted by dunno at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 予定

島津亜矢さんのテレビ・ラジオ出演(2023年1月)

2023年1月の島津亜矢さんのテレビ・ラジオ出演の予定・記録です。1/31 23:59:00 の日付・時刻で投稿しています。


1/1(日) 18:00〜22:54 BS朝日「人生、歌がある お正月5時間スペシャル 2023」
『夏ざかりほの字組』(Toshi& Naoko)w/ 田原俊彦, 伍代夏子, 藤あや子, 坂本冬美
『男と女のラブゲーム』(日野美歌&葵司焉jw/ 彩青
『帰らんちゃよか』

1/8(日) 19:30〜20:59 NHK・BSプレミアム「新・BS日本のうた」
『哀愁列車』
『歌は我が命』w/ 石原詢子、市川由起乃、丘みどり
『白虎隊(詩吟「白虎隊」入り)』 w/ 石原詢子
『花として 人として』

1/14(土) 18:00〜18:30 フジテレビ系「Music Fair」
『愛燦燦』 w/ 八代亜紀、水森かおり
『越冬つばめ』
『花〜すべての人の心に花を〜』

1/24(火) 19:57〜20:42 NHK総合「うたコン」

2/12(日) 12:15〜13:00 NHK総合「のど自慢」



島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCazsfEQY0nvrj6ilN4RVKRA

タグ:島津亜矢
posted by dunno at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

『人生クライマー』1/29@シネマ・クレール丸の内

1月29日(日)、シネマ・クレール丸の内で『人生クライマー 山野井康史と垂直の世界 完全版』を観ました。

公式サイト
https://jinsei-climber.jp/


1996年、ヒマラヤ・マカルー西壁。かつて、世界最難関の巨壁に、たった一人で挑んだ若者がいた。
伝説のクライマーの足跡を、貴重な未公開ソロ登攀映像とともに振り返る《渾身》のドキュメンタリー。

その人の名は、山野井泰史。2021年、登山界最高の栄誉といわれる、「ピオレドール生涯功労賞」をアジア人として初受賞。ラインホルト・メスナーやヴォイテク・クルティカなどと並んでクライミングの歴史にその名を刻むこととなった登山家だ。本作は、世界の巨壁に《単独・無酸素・未踏ルート》で挑み続けた彼の足跡を、貴重な未公開ソロ登攀映像や生涯のパートナーである妻・妙子への取材、関係者の証言などとともに振り返る《渾身》のドキュメンタリー。


見終わってへとへとに疲れました。こういう山登りって、恐ろしすぎます。フツーじゃないです。ただ、妙子さんが「降りろ」といったら素直に降りてきたのんはほっとしました。妙子さんの方がしっかりしているのかもしれませんし、極限状態では理性的な判断は難しいのかもしれません。

それにしても、映像に一緒に映っているひとや写真に一緒に写っているひとが、あの人もこの人も遭難してしまうようなのって、フツーの趣味じゃないです。

……とはいうものの、昨年も山関係の映画『神々の山嶺(いただき)』『アルピニスト』を観に行ってますから、けっこう好きなんでしょうね。いい山登り映画がくればまた観に行ってしまうでしょう。
posted by dunno at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

『ライムライト』1/28@シネマ・クレール丸の内

1月28日(土)、シネマ・クレール丸の内で『ライムライト』を観ました。

没後45周年チャールズ・チャップリン映画祭
https://movies.kadokawa.co.jp/forever_chaplin/


落ちぶれた老芸人カルヴェロは、自殺をはかったバレリーナのテリーを助ける。彼の励ましで再び舞台で踊れるようになったテリーは、二人の幸せな未来を夢見るが、カルヴェロは人生の舞台から退場しようとしていた――チャップリンの原点であるロンドンの大衆演劇を舞台に、無償の愛を描いた名作。「人生に必要なのは、勇気と想像力……そして少しのお金」をはじめ名台詞の数々、無声映画時代のライバルのバスター・キートンとの共演で見せる至芸、そして誰もが涙する感動のラストシーンまで、まさにチャップリンの映画人生の集大成だ。のちにポップソングとしても大ヒットした「テリーのテーマ」などチャップリン作曲の映画音楽は、アカデミー賞レジスタードマーク作曲賞を受賞した。
チャップリンの映画は、実はあまり観ていません。大学生のときに、『街の灯』と『黄金狂時代』を観たような記憶があります。有名なシーンなどは何度も観ていますが……。

『ライムライト』を観始めて、最初、チャップリンの演技やしゃべり方がややわざとらしく感じられました。いかにも芝居らしく思えたんです。アパートのおばさんなんかはすごく自然だったと思います。だけど、観ていてそのうち慣れてきました。

「愛さえあれば年の差なんて……」とも言いますが、カルヴェロとテリーの場合はどうなんでしょう。やはりどうみても、男女の愛には見えませんでした。テリーがカルヴェロのことを大切に思うのはわかりますが、恋するというのはどう考えても無理があって、カルヴェロが消えていかなければどうしようもないな……と思って観ました。無茶苦茶傑作……というわけではないですね。『街の灯』には及ばないと思います。おちぶれたコメディアンの姿があまりにもみじめだったせいもあるかもしれません。
posted by dunno at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2023年01月24日

エーリッヒ・ケストナー こわれた時代

『エーリッヒ・ケストナー こわれた時代』(偕成社、クラウス・コルドン著、ガンツェンミュラー訳、以下、『こわれた時代』と略記)を読みました。エーリッヒ・ケストナーの伝記です。昔の本ですが、昨年、新訳で出版されています。

エーリッヒ・ケストナーといえば少年少女のための本で有名です。ぼくも子ども時代にいくつか読んだのですが、数年前『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』を買い直して読みました。面白い本ですので、『点子ちゃんとアントン』『二人のロッテ』などもいつか読み返してみたいものです。

他の本を買いに行った「スロウな本屋」さんのレジカウンターの向かいに並んでいたこの本に目がとまり、思わず買ってしまいました。偕成社から出ている中高生以上向けの本だと思います。漢字の多くにふりがながついていましたし、むずかしそうな言葉などには脚注がついていました。

子どものころに読んだ本を買い直したり、今回、この本が目に飛び込んできたのにはわけがあります。もう30年以上になります(ぼくが30代後半)が、マルセル・ライヒ=ラニツキの『わがユダヤ・ドイツ・ポーランド――マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝』という本を読んでいて、その中でケストナーのことが多く取りあげられていたのが頭に残っていたんです。英訳版も持っていましたが、日本語訳をいただいたので、そちらは処分してしまいました。その和訳版は東京においてあるので今は読めません。検索したら、部分的に引用しておられる方があったので、それをこちらにコピーさせていただきます。

https://bunkyoken.org/91topics/RANICKI-kaestner.html
『わがユダヤ・ドイツ・ポーランド――マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝』
(西川賢一・訳/2002.3 柏書房刊)より
[ケストナーについて集中的に言及している章からの抜粋]   

魂の役に立つケストナー

 さしあたって私が読んだのは、クラスメートが読んだ本と同じで、教師たちが時おり出してくれるヒントやアドバイスに沿ったものだった。ごく初めのころだが、ポピュラーな歴史小説に興味をそそられる時期が私にもあった。たとえばアメリカの作家ウォレスのベストセラー『ベン・ハー』、ポーランドのノーベル賞作家ヘンリク・シェンキェヴィチの『クォ・ヴァディス』、フランドル作家コンシャーンスの『フランドルの獅子』、イギリス作家ブルワー=リットンの『ポンペイ最後の日』などである。
 さらにクーパーの『革脚絆(かわきゃはん)物語』を読んだけれど、敬意はおぼえながらも少々退屈させられた。いっぽうドイツ作家でありながらインディアンものをたくさん手がけたカール・マイには、私も一時期わくわくしたものだ。あえて安直きわまる手法を使い、プリミティヴな要素、センチメンタルな要素もかまわずぶちこみ、それでいて相当なストーリーをこしらえていった、驚くべき物語作者といえよう。
 しかし例のグリーン版を何冊か読み終えると、さすがにカール・マイはもうたくさん、といった気分になった。私からすると主人公のオールド・シャターハンドが強すぎ、勇ましすぎ、おまけに模範的なくらい私欲がなかったせいかもしれない。いや、もう一つ考えられる。彼はさも偉そうな口をきく正真正銘の大いばりで、それが私たちベルリンの生徒にはとりわけ野暮ったく思えたのだ。
 「ドイツ的あり方に即しさえすれば/この世はもういちど回復するかもしれない」――いまでは忘れ去られた詩人エマーヌエル・ガイベルの一節である。当時の私だって、この詩句を知っていたわけではない。しかしカール・マイの小説で、しいたげられた人たちを救い悪者どもをこらしめるヒーローが必ずドイツ人だというのは、すでに引っかかるものがあった。素手で(鉄拳で)ではないにしても、珍奇な武器で(いわば魔法の武器で)秩序と正義を守る、それがどうしていつもドイツ人でなければならないのかと。
    (中略)
 十九世紀に描かれたドイツの歴史小説で「極上」とされたものも、ことさら愛国的な傾向が鼻についた。
    (中略)

ケストナーの新しさ

前記の本はみな、読んで一応面白い気がしたけれど、熱狂はしなかった。豪傑と騎士の世界、英雄とつわものの世界、力強い王侯と勇ましい闘士の世界であって、気質のほうはまあ単純というか素朴というか――要するに私の世界ではなかった。そんなとき、まったく別種の本にぶつかり、夢中になったのだ。エーリヒ・ケストナーの『エーミールと探偵たち』で、「子供のための小説」と銘打ってあった。
 ケストナーの存命中、私は一度ならず書いたものだ、いくぶん世評に抗して「ささやかな自由を歌いあげ、とるにたらぬ人々を作品化したこの詩人は、二十世紀ドイツ文学の第一級作家に属する」と。買いかぶりだったろうか。いかに私とて承知している――彼の小説は代表作『ファービアン』もふくめ、忘れ去られてはいないにせよ、とうに色あせている。舞台用の作品は何ひとつ成功しなかった。評論はおおむね発表当時こそ有益だったが、いま見れば格別意義をもたぬ時評ていどにすぎない。では何が残るか。詩のごく一部も確実に残るとはいえないし、児童書の一冊ないし二冊にしたって同様なのかもしれない。
 しかし当時エーミール・ティッシュバインと、警笛を持ったその友グスタフは、赤銅色の紳士ウィネトゥや高貴な闘士オールド・シャターハンドより、はるかにぴったり来るものがあった。ローマのために闘う軍司令官たち(ツェテーグス、ナルゼス、ベーリザル)も比較にならなかった。列車の中でエーミールから盗みをはたらいた悪いやつ、それをまんまとつかまえるベルリンの子供たち――たしかに彼らもオールド・シャターハンドと同じく、正義が通り秩序が回復されることを心がけており、話自体にお涙ちょうだい的な要素がなくはない。けれどもカール・マイの場合とちがって、ここにはエキゾチックなもの、おおげさなものは皆無なのだ。ケストナーの話は、遠い時代、遠い国で展開されたのではなく、「いま」「ここ」で起こったことになっていた。ベルリンの街角や裏庭とくれば、私たちには先刻なじみの舞台である。登場人物のしゃべり方も、私たち、この大都会で育ったみんなとそっくりである。それがだいじなところで、この本は信用できると思われベストセラーとなったのも、つきつめれば日常語が本物だったおかげだろう。
 引きつづき何点か出たケストナーの少年少女小説も、やはり気にいりはしたけれど(とくに『点子ちゃんとアントン』)、受けた感銘は『エーミール』ほど強くなかった。そうこうするうちに作者ケストナーの名はぱったり聞かれなくなった。一九三三年五月十日、ベルリン国立オペラ劇場まえの広場で「有害図書」がやかれたが、そのなかにはケストナーの本もあった。このとき当人は、近代で例のないものを見ものを目撃しようとした大勢の人たちにまじって、焚書(ふんしょ)の様子を見とどけた。にもかかわらず彼はドイツ国内にとどまった。だがうわべ だけ見れば亡命者ではないけれど、亡命者なみに扱っても間違いとはいいきれまい。一九三三年から四五年まで、この二股かけた男は腹をくくっていた。作者本人は国外亡命しなかったものの、著書は国外亡命し、スイスでだけにせよともかく刊行された。エーリッヒ・ケストナーはドイツ亡命文学の名誉作家なのである。
 そんなわけで彼の著作はあの八年間、ごくまれにしか私の手に入らなかった。市立図書館からも町の本屋からも姿を消してしまったためである。ただし古本屋をていねいにまわれば、二束三文で買い取ることはできた。いまや好ましからざる作品群として、こっそり売られていたからだ。でも私はもうケストナーを読まなかった。けっこう成長したので、詩もふくめてケストナーは卒業、というつもりだったろう。だからといって、忘れきることなどできなかったが。
 
ゲットーで読んだ詩
                                      
 いくら時がたとうと、愛着は根本的にちっとも変わってない――俄然そう判明したのは数年後、ワルシャワ・ゲットーにおいてである。あるとき何か必要があって、私は知人を訪ねた。中に入ると、予期してなかったものが並んでいた。ドイツ書だ。ぱっと瀟洒(しょうしゃ)な小型本が目に飛び込んできた。タイトルは『エーリヒ・ケストナー先生の抒情的救急箱』といい、一九三六年チューリヒで刊行とあった。さっそく私は巻頭詩「鉄道の比喩」を読んだ。「ぼくらはみんな同じ列車に乗り/時代を斜めに横切ってゆく」と始まり、「ぼくらはみんな同じ列車に乗っている/ただし大半は間違った車室にいるのだが」と終わる詩だ。
 私はこの本がどうしても欲しくなった。可能でありさえすれば、すぐにも買ったろう。しかしゲットー内の新刊書店はおろか、古本屋にも見あたらなかったため、とうとう入手できなかった。そこでともかく借りることにした。期限つきだったのはいうまでもない。それをテオーフィラという娘(愛称トーシャ、彼女についてはあとで再三ふれる)が、私のために手書きで写してくれた。彼女は詩に彩飾画も添え、全篇しあがるとていねいに綴じてくれた。こうして完成した“写本”を私は二十一歳の誕生日にもらったわけである。一九四一年六月二日ワルシャワ・ゲットーで、これに優るプレゼントが私にありえただろうか。断言はできない。ただ確かなのは、これほど苦心がはらわれこれほど愛情がこもったプレゼントはなかった、ということだ。
 トーシャと私は並んで腰かけ、暗い夜中に乏しい照明のもとで、ゆくっりしみじみドイツ語の詩を読んでいった。近所のゲットー入口からは時おり、ドイツ兵の銃声とユダヤ人の叫声が聞こえてきた。私たちは身をすくませては震えた。それでも先へ先へと読みつづけた、『抒情的救急箱』を一篇一篇。私たちは愛を知りあって間もなかったが、物悲しいながらすばらしい「リアルなロマンス」に陶然とした。「ほかの人たちにとってはステッキや帽子がなくなるみたいに」愛情が八年たったら急になくなってしまった二人――しかもなぜだか全然わからない二人――をとりあげあた詩である。私たちは共通の未来に思いをはせた。まあ強制収容所に送られれば別だが、共通の未来なんてありえないことは百も承知で。
「きみ知るや、大砲の花咲く国」とか「どこにプラス要因が残っているんですか、ケストナーさん」などと、いらだたしげに問いかける詩もあった。立身出世主義者の性格を描写した詩句「先祖は原生林ではいあがりをしていた/子孫の彼は文化の森の猿さ」には、思わず笑みを誘われた。ぎくりとさせられる警句もあった、「笑いものになるのも知らず/毒さえかまわず飲んでしまう/そんなにどっぷり浸かるじゃないよ」と。私たちのみじめな在り方をぴったり言い当てていたのは、「モラル」と題する詩の二行だった。いわく、「ろくなことがない/これではやるしかないじゃないか!」
 ケストナーの実用詩を、偉大なドイツ詩に加えるわけにはとうていいかない、ということは重々承知している。だが当時、その知的で小粋で、しかもどこかセンチメンタルな詩に私は心から感動し、それこそ夢中になった。日々くりひろげられることが、私の読書にも影響をおよぼさずにはすまなかったのだろう。ワルシャワ・ゲットーの悲惨のまっただなかで、毎日死を覚悟しなければならない時期にあって、長篇小説など読めたものではなく、短篇集さえなかなか読めないありさまだったから。
    (中略)
 私が読んだのは詩、わけてもゲーテとハイネである。日常があんなだったにもかかわらず、詩だけは依然おもしろく、興味はつきなかった。ただし、もともとたいして好きではなかった何人かの詩人は、耐えがたいとはいわぬまでも、よそよそしく思えてきた。司祭めいた身ぶりがつきまとう詩人たちといったらいいだろうか、要するに予言者であり、神秘口調の人であり、「聖なる焔の番人」であって、具体的にはヘルダーリン、リルケの一部、シュテファン・ゲオルゲの全部がこれに該当する。彼らの御託宣がいまや私の神経をさかなで し、まま壮麗な“言葉の音楽”も魔力を失ってしまったのである。もっともずっとのちに判明するとおり、それきり失いっぱなしではなかったが。
 ケストナーを無条件でリルケやゲオルゲと並称したり、ましてやヘルダーリンと並称するなど、どだい無理である。けれども人生の状況によっては、ブルックナーの交響曲など我慢ならないが、ガーシュインならよくてたまらない、といったこともあろう。それと同じで、当時しばらく私には、エーリヒ・ケストナーのとことん平俗な都会風抒情詩にこもる懐疑とユーモアが、予言者たちの崇高な詩魂よりもはるかにピタッときたわけである。
 じつはもう一つ、ワルシャワ・ゲットーではあまり深く考えなかったが、まったく違う事情もあずかっていた。『抒情的救急箱』は、ワイマル文化の精神風土を思い出させてくれたのだ。ヒットラーが政権をとる直前の数年間、こちらはまだ子供だったけれど、あの文化に魅了され有頂天になっていた。そして共和国が崩壊した直後の数年間、こちらは一九二〇年代に出た書物・レコード・雑誌・プログラム冊子にやみつき になっていた。だからこそ、その精神風土がなつかしかったのだ。
 もちろん、私が一九四一年にケストナーの詩集を見つけたのは偶然にすぎない。ブレヒトの詩句でも、トゥホルスキーのエッセイでもよかったはずだろう。ヨーゼフ・ロートやエゴン・エルヴィン・キッシュのルポルタージュでも、アルフレート・ケルやアルフレート・ポルガルの評論でもよかったし、『三文オペラ』や『マハゴニー』のソングでも、『青い天使』のリートでもよかったろう。マレーネ・ディートリヒ、ロッテ・レーニャ、エルンスト・ブッシュ、フリッツイ・マッサリー、リヒャルト・タウバーらの声音(こわね)でもよかったろう。ゲオルグ・グロスのデッサンでも、ジョン・ハートフィールドのフォトモンタージュでもよかったろう。これらはみな、若年の私を形づくった世界――つい先ごろまで自分のものだと感じた世界――を如実に表わしていた。私はその世界を熱愛しながら、すげなく追放されていたのだった。 

晩年のケストナーに会う

 いつかケストナーと知合いになろう、なんて考えもしなかった。戦争を生き延びる見込みは極小だったが、それを度外視しても、もし誰かが「きみはケストナーと会見する」と予想したなら、私はきっと答えていただろう、「ばかげた考えだね、ヴィルヘルム・ブッシュやクリスティアン・モルゲンシュテルン〔ともに故人〕と会見するのを夢見るようなもんじゃないか」と。しかし一九五七年十二月になって、私は依然ポーランド国籍のまま、西ドイツを訪れる機会に恵まれた。ハンブルクからスタートし、ケルン、フランクフルトをへてミュンヒェンにいたる旅程だ。私はさっそくケストナーの電話番号を調べにかかった。ずいぶん手間どったけれど、とうとうわかった。電話口に出たケストナーは、私がワルシャワの批評家だと聞くと(当時ミュンヒェンでそういう客人はめったにいなかった)、あっさり申し出を受け、シュヴァービング地区のカフェ・レーオポルトで会おうと提案してくれた。
 ケストナーは一九三三年直前のころと同様、ふたたびポピュラーになっていた。あいかわらず過小評価ぎみながら、ともかく評価はされていた。ちょうどビューヒナー賞をもらったばかりで、七巻本「評論全集」の編集が進んでいるところだった。なのにあまり尊大な感じはせず、むしろ好意あふれる人という感じがした。すらりとしてチャーミング、粋でエレガント。五十八歳という年齢を考えれば、驚くほど若々しく見えた。
 こちらの質問にていねいに答えてくれたあと、ケストナーは私が戦時中どんな目にあったか知りたがった。私はできるだけ簡潔にワルシャワ・ゲットーの報告をし、すぐ彼の詩集に言いおよんだ。そして手書きの『抒情的救急箱』を見せた。たまたま手もとに残ったものの、かなりよれよれ になっていた例の写本だ。彼は不意討ちをくらったような顔をし、黙りこくってしまった。どんなことでも想像がつくつもりでいたが、まさかワルシャワ・ゲットーで自分の詩が読まれていたとは、しかも中世さながら手書きで写されていたとは、という驚きの気持だったろう。深く心打たれ、このスマートな詩人は目に涙を浮かべていたように思う。
    (中略)
 一九七四年七月二十九日のことである。そのころ私は『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の編集局で文芸部門をとりしきっていたが、そこへ中年のメッセンジャーがドイツ通信社の通報を持ってきた。しかたなさそうな顔で彼は通報をデスクに置くと、ありきたりなコメントを添えた、「また名士がお亡くなりです」と。私はすばやく目を通した。「ドイツ作家エーリヒ・ケストナー、ミュンヒェンの病院で死去」とある。そういう場合の常として、まず第一に時計を見た。大急ぎで書けば、追悼文はまだ間にあうことがわかった。でも取りかかる前に電話をかけた、一九四一年ワルシャワ・ゲットーでケストナー詩集を書き写してくれた当人にである。彼女はひとこと「そんな(ナイン)!」と言ったきり絶句してしまった。記憶に誤りがなければ、このとき私はまたしても涙ぐんでいたはずだ。彼女にしても同様だったろう。
 一九九八年、私たち夫婦(トーシャと私)にちょっと珍しい依頼が舞い込んだ。共同で一冊、ケストナー詩集を編んでくれないかと、作家兼出版人〔ハンザー書店編集長〕のミヒャエル・クリューガーから頼んできたのだ。詩を選ぶのはトーシャ、あとがきを書くのは私にしてほしい、ということだった。私たちは喜んで引き受けた。そして本がしあがると、タイトルはケストナーの一句を引いて『魂に役立つ』とした。


ケストナーの詩集「抒情的救急箱」に関するエピソードが書いてあるのではないかな……と思ったんです。30年以上前に読んだこの部分を憶えていたというより、2011年にトーシャさんが亡くなったあと、マルセルとトーシャのお二人の息子であるアンドリュー・ラニツキさんがトークで使ったスライド(tosia.pdf)の記憶があったのだと思います:

MY MOTHER TEOFILA REICH-RANICKI
Andrew Ranicki
https://www.maths.ed.ac.uk/~v1ranick/surgery/tosia.pdf
このスライドのp.10とp.11に、トーシャさんが写し、イラストを描いた「本」の写真があります。
tosia-p10.jpg

tosia-p.11.jpg

ラニツキさんは数年前に亡くなられましたが、彼のweb pageは今もエジンバラ大学数学教室のサイトに保存されています。
https://www.maths.ed.ac.uk/~v1ranick/
彼のご両親のことは以下のページにまとめられています:
https://www.maths.ed.ac.uk/~v1ranick/surgery/bio.htm

さて、『こわれた時代』をじっくり読んでいくとp.211に以下のような段落がありました!
 また、ケストナーの詩は、ワルシャワのユダヤ人隔離地域(ゲットー)で、よくまわし読みされた。(書き写された『エーリッヒ・ケストナー博士の抒情的家庭薬局』は現在、ワルシャワのユダヤ博物館で見ることができる。

これがトーシャさんの写した本のことでしょう。

さて、『こわれた時代』自身に話をもどします。一番、驚いたのは、父親はほんとうの父親ではなかったということ。母親が恋した男はユダヤ人だったそうです。母親は父親を愛してはいなかったのでしょうか。エーリッヒと母親はとても仲が良く、父親だけがひとり孤独な暮らしをしていたとのこと。それでも、母親が晩年病気になったときは甲斐甲斐しく介護をしていたそうです。また、母親が亡くなってからは、父親とエーリッヒの関係は少しよくなったとのこと。父親は母親をとても好きだったのでしょうね。なんだか切ない関係です。生物学的な父親がユダヤ人であったというのが本当なら、ナチ政権下のドイツに居続けたというのはとても危険なことだったはずです。

エーリッヒは母親のことを通常あり得ないほど愛していましたが、女性関係は多く、あまり女性に誠実ではなかったようです。妻以外の女性との間に男の子ができたのに、3年もそのことを妻に隠していました。ちょっとショック。よくあることなんでしょうか。

エーリッヒ・ケストナーと仲の良かったエーリッヒ・オーザーの自殺の話も痛ましいです。エーリッヒ・オーザーという名前はそれほど知られていないと思いますが、e.o.プラウエンという名前と彼の描いたコマ漫画『おとうさんとぼく』はご存じの方があると思います。自分のこどもの頃にはみたことがありませんでしたが、二人の男の子ができてから、彼らのために買ってきました。とても好きな作品。昔は2冊にわかれていましたが、今は1冊にまとまっているようです。オススメです。

色々、興味深い内容がありますが、やはり、一番感じたのは、ナチスがドイツを牛耳っていく様子や、第二次大戦後の、キリスト教徒の若者たちによる焚書事件、ネオナチの台頭、などなどが、今の日本の姿を重なってしまうことの恐ろしさです。

著者はケストナーが1974年に亡くなったあとのエピソードを最後のページで紹介しています。

 その後、1975年2月28日、北ドイツ放送の朝のラジオ番組で、アナウンサーがケストナーの詩「愛国的な寝物語」を何節か朗読した。ところがそのあと、アナウンサーは番組からおろされてしまった。朗読することを前もって編成局と打ち合わせていなかったからだとか、内容があまりにも政治的だったからだといわれている。


脚注にはその詩(1929年)の内容が簡単に紹介されています:
「新聞によれば、国が人口減少をおそれて出産を奨励。しかし『産めよ増やせよ』対策はなんのため? 軍や産業で人を安い賃金で働かせるため? 産まれてこなければ失業者にもならない。戦争に負けるため? ベッドの上のことまでちょっかい出すな」


ぜひ若い人に読んでほしい本でした。
posted by dunno at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』1/24@TOHOシネマズ岡南

今日、TOHOシネマズ岡南で『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』を観てきました。

公式サイト
https://perfectdriver-movie.com


凄腕の女運び屋が魅せる型破りでスタイリッシュなカー・アクション車
彼女に託された「返品不可」の荷物。それは泣き虫の男の子――。
『パラサイト 半地下の家族』の家庭教師と教え子が深い絆で結ばれるバディに!


冒頭や話が本題にはいってからのカーチェイスシーンがどれも凄かったです。それ以外にも、けっこうドキドキするシーンがいっぱいで、見終わって、体がずいぶん凝ってしまったかんじでした。見応えがありました。ところどころほっとするシーンもあって助かりました。

途中から妙なご婦人が登場してきました。かなり重要な役割の人でした。公式サイトのプロフィールを見ると、けっこうたくさん見たことのある映画に出演しておられました。有名な俳優さんだったんですね。主人公にひけをとらないやり手です。一方、悪役の連中はどこか抜けたような人ばかりでした。ある意味、コメディ映画のようにも思えました。

痛快な映画です。オススメです。ただ、ちょっと悲しいことも起きてしまうのは覚悟しておいてください。


posted by dunno at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2023年01月21日

『ファイブ・デビルズ』1/18@シネマ・クレール丸の内

1月18日(水)、シネマ・クレール丸の内で『ファイブ・デビルズ』を観ました。

公式サイト
https://longride.jp/fivedevils/


嗅覚に不思議な力をもつ少女はこっそり母の香りを集めている。そんな彼女の前に突然、謎の叔母が現れたことをきっかけに彼女のさらなる香りの能力が目覚め、自分が生まれる前の、母と叔母の封じられた記憶にタイムリープしていく。やがてそれは、家族の運命を変える予期せぬ結末へと向かっていく──


少女・ヴィッキーの母親・ジョアンヌを演じているアデル・エグザルコプロスは『アデル、ブルーは熱い色』でレア・セドゥと共演した人。その後、出演作を観ていなかったので、これは観に行かなければ……と思いました。まだ20代終わりだと思いますが、子どもがいるという設定で、ややおばさんっぽさがありましたが、観ているうちに昔の印象と重なって来ました。相変わらずきれいです。

予告篇でも感じられると思いますが、ヴィッキーがまるで魔女のような雰囲気で怖いです。ジョアンヌの夫ジミーの妹ジュリアはずっと音信不通でしたが、突然、三人家族の住む村に戻ってきます。なにかが起きそうで観ていてドキドキするのですが、見終わってみると、この4人の愛憎がテーマであることがわかります。どの人物に心を寄せて見るかによって、ハッピーエンドだと思うかも知れませんし、切ない終わり片だと思うかもしれません。

これを書くと観たくないって思う人もあると思いますが、子どもによる差別・いじめのシーンも何度か出てきて、胸が痛みました。フランスにはアフリカからの移民も多いはずですが、田舎の村では都会とは状況が違うのでしょうね。

カラオケのシーンがなかなか良かったです。うたわれるのは "Total Eclipse of the Heart"。洋楽はあまり聴かないのですが、この曲は前に聴いたことがあるなと思って調べたら映画『ステージ・マザー』で使われた曲でした。以下の記事の最後に YouTube へのリンクがあります。
http://flim-flam.sblo.jp/article/188736821.html

この曲の他にもポップスがたくさん使われていました。

映像も良かったです。特に風景。車が橋を渡っているシーンが二回出てきます。なかなかいい感じです。『卒業』で『スカボローフェア』が流れるシーンを思い出しました。

映画はあまり説明をしてくれないので、首をかしげてしまうようなことも色々ありました。特にジュリアの気持ちがよくわかりませんでした。でも、この映画、けっこう好きです。
posted by dunno at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2023年01月14日

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』1/13@TOHOシネマズ岡南

1月13日(金!)、TOHOシネマズ岡南で『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』を観ました。

公式サイト
https://shesaid-sononawoabake.jp


ニューヨーク・タイムズ紙の報道記者であるミーガンとジョディは、ハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行事件の噂を聞き調査を始める。
サバイバーを苦しめる秘密保持契約の存在にぶつかりながらも、女性たちに寄り添い取材を進め有力な情報提供を受ける。


出産や子育ての真っ最中の二人の記者が被害者らの証言を求めていく姿が見事に描かれていました。
原作も読んでみたくなりました。

ローナン・ファロー(ミア・ファローとウディ・アレンの息子)もこの件を追いかけていて、少し遅れてニューヨーカー誌に告発記事を書きました。この映画でも、彼の記事の進行状況を気にしている様子が描かれていました。彼の本『キャッチ&キル』によると、彼もニューヨーク・タイムズのことをかなり気にしていました。ファローと比べて、二人の記者がラッキーだったのはよい上司に恵まれたことだとこの映画を観て思いました。ファローは元々はNBCの職員として、この事件を調べ始めましたが、上層部から圧力がかかり、はずされてしまい、仕方なくニューヨーカー誌で記事を発表せざるをえませんでした。この雑誌の編集長(だったかな)も立派な人でした。

いい映画だと思います。ぜひご覧ください。
posted by dunno at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画