2022年06月30日

観たい・聴きたい…覚書(2022.6)

6月中はこの記事がブログの先頭に表示されます。一般の記事はもっと下に出てきます。

岡山禁酒會舘2Fホール
6/3(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.255
デビュー45周年記念! 大須賀ひできさんをゲストにお迎えして
出演:大須賀ひでき、OZAKI UNIT
2,000円
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7/1(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.256
「雑花塾 west」新曲発表会〜「雑花塾」新曲創作2022で生まれた「うた」を中心に
出演:武部仁、ぺんぺん草、大西隆志、OZAKI UNIT ほか(予定)
1,000円
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8/5(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.257
「1923年福田村の虐殺」を唄う… 中川五郎さんをゲストにお迎えして
出演:中川五郎、OZAKI UNIT
2,000円
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9/2(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.258
♪On The Sunny Side Of The Street♪
「カムカムエヴリバディ」again!〜スウィングジャズの楽しさを〜
2,000円
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島津亜矢さんテレビ・ラジオ出演予定など
6/11(土) 19:00〜20:54 BS朝日「人生、歌がある」
8/14(日) 12:15〜13:00 NHK総合「NHKのど自慢」

唐組関連
6/18, 19 劇団唐組☆紅テント岡山公演『おちょこの傘持つメリーポピンズ』
会場:京橋河川敷
開演:19:00

ルポール粟島 ART ROOM アトランティック
2021/7/1(木)〜2022/6/30(木) 高松明日香地中海地方の天気予報

アンクル岩根のギャラリー
2022/10/1(土)〜10/9(日)「宮崎郁子 小さな陶肖像展」
11:00〜19:00 火曜日休廊
宮崎さんは、スペイン風邪で28歳で夭折したウィーンの画家エゴン・シーレ(1890ー1918)の絵に傾倒。シーレが愛し描いた人物たちが、キリスト教世界で異端の生きている人形で目の前に現前する。その魔術的世界は近年、シーレゆかりの地でも評価が高い。――東北学院大学美術史教授 鐸木道剛
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劇団花吹雪[ameblo #1][twitter]
6月 佐賀・川上峡温泉ホテル龍登園(佐賀県)
7月 梅田呉服座(大阪府)
8月 八尾グランドホテル(大阪府)

劇団花吹雪ファンクラブ
何様!?俺様!!春之丞様!!!!
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2022年06月25日

『なん・なんだ』6/23(木)@シネマ・クレール丸の内

6月23日(木)[岡山での上映最後の日]にシネマ・クレール丸の内で『なん・なんだ』を観てきました。

公式サイト
https://nan-nanda.jp


公式サイトより
 結婚してもうすぐ40年になる三郎と美智子。三郎は大工を引退してやることもないまま、海が見える古い団地で一日を過ごす。妻の美智子は出かけるための準備に余念がない。「どこ行くんだよ」「化粧濃いんじゃないか」。そうしたやり取りのうちに、美智子は家を出る。美智子に届け物を頼まれたが、どこに届けるのかを失念したまま三郎は戻ってきてしまう。帰りを待ちながらビールを飲んでいると三郎の携帯が鳴る。
 京都府警からだった。美智子がひき逃げに遭って意識不明だとの連絡。なぜ、京都に? 取るものも取り敢えず、娘の知美に電話をかけて三郎は京都へ向かう。病室で眠ったままの美智子の荷物を開けてみると、古いアルバムとカメラがあった。若いころ写真家を目指していた美智子が愛用していたカメラだ。
 意識が戻らないまま1週間。三郎は現像を頼んでいた町のカメラ屋に写真を取りに行く。そこに写っていたのは、知らない男の姿だった。誰だ? この男は。自分の知らない美智子の世界がある。京都でこの男と会っていたのか。次々にわいてくる疑惑に押されるように、三郎は美智子の実家がある奈良へ。追ってきた娘の知美とともに、美智子の浮気相手探しの旅を始める。

 自分が知らない少女時代の美智子。自分に黙って男と逢引していた美智子。夫婦の40年間はなんだったのか。美智子と重ねた思い出が一枚一枚と抜け落ちていく――。


主人公の三郎がいつも不機嫌。旅で出会う人達にもっとましな態度はとれないのか……と思ってしまいました。娘が路上でひとに道を教えてもらっても、教えてくれた人になんの挨拶もしません。妻の昔の恋人にもけんか腰。後の方で、妻が「ごつごつした手が良かった」って言ってくれるけれど、他にはなんのいい所もなかったようにも思えました。そしていくらなんでも入院中の妻を放って東京近くの自宅に帰ってしまうっていうのはあんまりな話。

そんな三郎が変わるのが、自分が認知症であることを認識してから。ようやく浮気(本気)相手の病院の院長とも話ができるようになり、妻や院長、娘家族との関係が変わっていきます。見終わってほっとしました。
彼の態度が変わったことの十分な説明はなかったがもやもやします。
また、たとえ認知症でなくたって、最初っからお互いに心を割って話をすればよかっただけのことじゃないかと思います。

イマイチ、ぴんと来ない映画でした。

※医師が喉の手術をしていて、声がかすかにしか出せないのが観ていて困りました。かなりの部分では会話の相手が医師のしゃべったことをくり返してくれるので助かったのですが、かならずしもそういうフォローのないところではさっぱりわかりませんでした。若い方は耳がいいので聞こえるのかもしれませんね。年をとって、色々不便になりました。目も悪くなってきているんですよ。

※いま公式サイトを観て、院長を演じた方は本当に手術で声帯を失った方だと知りました。それにもかかわらず俳優をしておられることにとても感動しました。

※妻を演じた烏丸せつこさんは、今でも可愛い方ですね。素晴らしい。

※偏屈な夫を演じた方の演技もほめなければいけないでしょうね。リアルでした。
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『恋は光』6/18, 25@イオンシネマ岡山

6月18日(土)、25日(土)に、イオンシネマ岡山で『恋は光』を観ました。

公式サイト
https://happinet-phantom.com/koihahikari/


公式サイトより
“恋する女性が光って視える”特異な体質を持つ大学生・西条。恋愛とは無縁の学生生活を送っていたある日、「恋というものを知りたい」と言う文学少女・東雲と出会い一目惚れ、“恋の定義”を語り合う交換日記を始めることに。そんな2人の様子は、西条にずっと片想いをしている幼なじみの北代の心をざわつかせる。さらに、他人の恋人を略奪してばかりの宿木は、西条を北代の彼氏と勘違いし、猛アプローチを開始。いつの間にか4人で“恋とはなんぞや?”を考えはじめ、やがて不思議な四角関係に…。数千年もの間、人類誰しもが悩んできた「恋」を、果たして彼らは解くことができるのか?そして、それぞれの恋の行方は―?


冒頭の映像がなかなかインパクトがあります。場所は大学の中のカフェテリア風なところ。若い女性(あとで宿木(やどりぎ)とわかる)の頭のうえから別の若い女性がカップに入ったジュースを浴びせかけているんです。かけ終わった女性が去って行っても、彼女と同じテーブルに座っていた二人の友達は呆然。本人が激昂するかと思いきや、なぜか平然としています。まわりの席の人達も呆然。ただひとり隣のテーブルにいた若い女性(あとで北代(きたしろ)とわかります)だけが、くすっと吹き出すと、本人の二人の友達も笑い出します。
……
このときは一体何が起きたのかわかりませんが、実はこの宿木という女性は他の女性の彼氏を奪いたくなるというとっても困った性格の持ち主。このときも、彼氏を奪われた女性にその復讐をされたのでした。

次に登場するのは男子学生の西条。登校中。宿木とその友人二人とすれ違い、つづいて北代と出会い少しことばを交わします。親しい仲だとわかります(小学校の時からの幼なじみ)。

次は、西条が教室で授業を受けるシーン。ふと足元にノートが落ちているのに気づき、拾い上げると、「東雲(しののめ)」と名前が書かれていて、中を開いて見ると1ページ1作品で、読書感想文がびっしり書かれているのです。西条は筆箱から定規と赤ペンを持ち出し、その他人のノートになんと赤ペンで「校正」やコメントなどを書き始めます。一心不乱に校正を続け授業終了時には最後のページまで校正が終了。そのノートをバッグに入れて部屋を出ようとします。

西条が校正している画面と、交互に、急いで教室に向かおうとしている女子学生(あとで)の姿が映ります。やってきたのは西条のいる教室。授業が終わり中に入ります。忘れ物のノートを探しますがありません。それを観て西条が声をかけ、ノートを渡し、「すごい読書家なんですね」と聞くと意外にも「読書が好きというわけではなく、恋とはどういうものなのかを知りたい」と返事が返ります。

ここまでで主要な4人が全員揃います。

大事なことを抜かしていました。西条が登校するときすれ違う女子学生の多くから煌めく光が立ち上るのが見えるのです。これは西条だけに見えるもの。その光は、北代や東雲からは光は立ち上っていません。

西条はこの光は恋する女性から出るものだと考えています。それは彼にとって、とても鬱陶しいもの。映画を観に行っても、前にカップルがいるとその光でスクリーンが見えないくらいなのです。

で、どういう話になるかというと、東雲に一目惚れした西条が北代に二人を紹介してもらい、「交換日記」を西条と東雲が始めるのです。そのメインのテーマはすぐに「恋の定義」になっていきます。

色んな組み合わせで対話が行われる様子がとても面白いです。これに、宿木が北代の彼氏・西条を奪おうと絡んでくると一層面白くなります。宿木には北代が西条のことを好きなのは明らかなのですが、西条自身はそのことを知りません。なぜなら、西条には北代から光が出ているように見えないのです。

一体どうなるのか気がかりな方はぜひ映画館でご覧ください。

ところで、この映画に興味を持ったのは、岡山県で撮影されているからです。4人のいる大学は環太平洋大学。とってもきれいなキャンパスです。受験者が増えるのではないでしょうか。岡山市内の表町商店街は何度も出てきますし、岡南ギャラリーは重要な場所でもあります。路面電車の中でのシーンも多いです。路面電車の窓からはシネマ・クレール丸の内も映ります。RSKの新しいビルやその中の喫茶店、その隣の岡山県立美術館の中でもクライマックスのシーンが撮影されています。デートで倉敷の駅や美観地区も出てきます。おっと少し離れた吹屋の古い町並みも出てきます。県北らしいところでの釣りのシーンもありますし、瀬戸大橋の真下(下津井)でも釣りのシーンがあります。

県内でロケのあった『とんび』は多くの岡山県民が観に行ったようですが、こちらはあまり話題になっていないようです。今朝の客数も少なかったです。見逃してほしくない映画です。

どの女性も魅力的だったと思います。宿木さんなんか最高に面白い!

※ 宿木が西条にちょっかいを出すとき、西条には宿木の光が見えるんですが、それは北代の名前が話に出てきたときだったので、宿木は北代のことを好きなのかな……と思ったのですが、どうもそうではないようでした。北代の名前に刺激された略奪愛の気持ちが燃え上がったのかもしれません。

※ ひとつだけ気になったのは、西条が北代にむかって「おまえ」と呼ぶことがときどきあって、なんだかあまりいい気持ちはしませんでした。二人は幼なじみで凄く親しいのでそういう風に呼ぶのでしょう。それって今の若い人達には普通のことなのかなと思って、ネットで調べてみると、やはり若い人は親しい人との間で「おまえ」を使うことがけっこうあるようです。ただし、「おまえ」ということばに「乱暴なことば」だとか「馴れ馴れしいことば」「男性的なことば」という印象があるのもたしかの様です。

「『おまえ』の使用に関する群馬大学の日本人学生の意識についての意識調査」Ria Sukmatriyani

※ ぼくは自分では「おまえ」という言葉を使わないのですが、反省してみると妻に「あんた」と呼ぶときがしばしばあります。ふだんは「○○ちゃん」と名前で呼ぶのに。なにか妻を責めるときに「あんた」と言ってしまうのです。「あんた」というのをきれいな女性(例えば藤あや子さん)がお酒をついでくれながら「あんた」って色っぽく声を掛けてくれたら、天国にいるような気持ちになると思いますが、その「あんた」とはだいぶ違いますね〜。できるだけ、使わないように、そしてひとを責めるようなことはしないように心掛けたいと思います。
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2022年06月24日

唐組・第68回公演「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」岡山公演

6月18日(土)、19日(日)、岡山市旭川河畔・京橋河川敷でテント公演された「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」を観てきました。唐組を岡山に呼んで下さったのはアートファームの方々。ありがとうございます。

さて、二日前から現地を偵察して、会場の設営風景などを観てきました。さすがに、20日の撤去作業を観に行く元気はありませんでした。その4日間に撮った紅テントの写真を以下のアルバムに入れましたので、興味のある方はご覧ください。20日の写真は唐組のツイートでどうぞ(下)。

劇団唐組「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」
https://photos.app.goo.gl/sfC4Y5aEmudokT85A

唐組ツイート


唐組サイトの作品紹介はこちらです。
https://karagumi.or.jp/information/1031/


この芝居の元となったのはある人気歌手が狂信的なファンに告訴されたという実際の事件です。wikipediaから引用しておきます。

[森は、]1972年(昭和47年)、森の狂信的なファンの女性から婚約不履行、未成年者略取[注 3] で告訴された。実際には女性の主張していた内容は全くの狂言だったが、彼女がそうした妄想にとらわれるようになったのは、以前病気療養中の森の母を見舞った際に母から親切に対応されたのがきっかけだった。このことを苦にした母は、翌1973年に47歳でガス自殺した。山口地裁が森の全面勝訴を言い渡したのはその半年後だった。

森進一さんは、子供のころ、両親の離婚のため、母親について下関に引っ越しし、母一人子一人の生活をしていたそうです。芝居の中で下関の母親云々が出てくるのはそのせいです。

唐十郎は、この芝居を書こうと思ったきっかけについて次のように書いています:
 僕が、石川令嬢について書こうと思い立ったのは、今年[1976年]の七月の終わりであった。
 それまでは、女性週刊誌に載っていた彼女のことなどすっかり忘れていたのだが、たまたま、記事の切り抜きをノートの中に見つけて、彼女が雨降る町をバックに陽(ひ)傘をさしているのにびっくりしたものである。
 それはどこから見てもメリー・ポピンズであった。こんなふうに思い切ってしまうと、ジュリー・アンドリュースには怒られそうだが、僕は、今日只今、空想家から遠ざかり、ますます妄想家としての要素を濃厚にさせているために仕方がない。
 幻のヒロインは、いつも、ある重力を以って僕の前に訪れる。だから、その面影は生活に疲れて暗く悲惨である。よく見れば、夢の名前は能面役者の面のように、その顔から外れかけている。いつか、その面も床に砕け落ちて、いつか見たことがあっても、二度と見てくないと思っていた他人の顔を垣間見ることになるかもしれない。

(『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』(唐十郎・角川書店)のあとがきより抜粋)



※ここから内容に触れていきますのでネタバレ覚悟でお読み下さい。

この芝居は一幕劇で舞台は傘屋の中だけ。いつものことですが、開場となり、テントに入ると幕は降りていずに、舞台が丸見えになっています。そのときすでに三人の主人公のうちカナ以外のおちょこと居候の檜垣はすでに舞台にいるんです。

ochoko-butai.jpg

上の画像の右上角の高くなっている「作業場」で、ハートのマークのある黒い傘の下にいたのは傘職人のおちょこ。演じるのは久保井研さん。一方、その左下、画像中央付近の白っぽい傘と毛布の下から出てくるのは居候の檜垣。演じるのは稲荷卓央さんですが、なんか凄みのある風貌でびっくりしました。ちょっとすさんだ雰囲気。檜垣が立ち上がりタバコを一服するんですが、煙が口から吐かれると同時に、左胸のあたりからも煙が出るんです(爆笑)。3回ぐらい吐き出したでしょうか。身体と服に穴が開いているということらしいのです。芝居を見終わると、この「穴」が、傘屋にであって居候になる前の傷であるとともに、終幕近くでピストルで撃たれてできる傷のようにも思えてきます。

おちょこは、黒い傘をもって作業場から飛び立とうとしますが、傘はおちょこになって、床に墜落してしまいます。そしてしばらく二人の対話がつづきます(タバコの吸い殻のことなど)。ここがとても楽しいんです。ふたりがどちらも相手のことを大切に思っていることがひしひしと感じられました。つまりこのドラマはおちょこと檜垣のBLの物語とおもってもいい。おちょこはまた作業場から飛ぼうとして、やはり傘はおちょこになってしまいます。そして一服してやすんでいるときに、その傘のことを檜垣に打ち明けます。その傘は美しい女性が修理を依頼して預けていったものであることを告白し、その傘を依頼人のところへ持っていこうかとか、ここに置いておく方がいいだろうかとか、ああだこうだといいますが、その話にあきれた檜垣は横になって寝てしまいます。

そんなときに、変な男が店にはいってきて、色々ひっかき回したあげく、ひとつの傘をもって作業場からジャンプし、傘がおちょこにならずに着地し、店の外に出て行ってしまいます。おちょこはその傘がおちょこにならなかった秘密を知りたくて追いかけて行ってしまいます。

残された檜垣は誰かが店に来たような気配を感じ目をさまし、おちょこが店にいないことを知ります。そしてその「気配」に対して、それが黒い傘を預けていった女性だと思い、おちょこのことを色々しゃべっていると……店の中のトイレのドア(舞台画像中央やや左)が開いて中から女性が現れます。実はそれがヒロイン(藤井由紀さん)なのですが、預かっている傘とおちょこのことを伝えようとしたとき、檜垣はその女性客が自分の知っている石川カナだと気付くのでした。カナは以前彼がマネージャーをしていた歌手を訴えて敗訴した人だったのです。カナは歌手のことを訊ねますが、檜垣は一年前マネージャーをやめてしまったので、近況は知りません。檜垣はおちょこが彼女のためにどんなに一生懸命メリー・ポピンズの傘を作ろうとしているか伝え、カナはそのことをとても嬉しく思うのでした。そして二人の対話がつづきます……。

檜垣は歌手を訴えたカナの事を気の毒に思い、彼女の役に立ちそうな証拠を持って、マネージャーを辞めたことも分かってきます。

このときの二人の対話もとてもいいです。檜垣もカナのことを助けてやりたいと思い、同時におちょこのことも助けてやりたいと思うのです。唐十郎の作品にはこういう清らかな場面が多くてとても胸を打ちます。

しかし、実はこのときまでに、カナが正気とは思われないようなことをしており、そのため、彼女を精神病院に隔離しようとする動きが始まっていたのでした……。
カナの正気の時と狂気の時がなんども入れ替わって、その切ないことったらなかったです。泣けました。そこもやはりカナと檜垣のシーン。おちょこは気を失っていました。
ただラストはおちょこです。今回はクレーン車をつかってのラスト。事故がないかドキドキしました。

カナがどうなったかは戯曲では描かれていませんでしたが、今回は、闇の中を遠くへ歩いて行く姿をみせてくれました。保健所の手から逃げ出すことができたと思ってよいのでしょうか……。

この芝居には変人は沢山出てきますが、強烈な悪役は出てきません。ただ、組織としての保健所が一番怖いのかもしれません。カナを狂犬と同じように取り扱うのですから。
その中で、檜垣の後任のマネージャーを演じた全原徳和さんが無茶苦茶迫力のある人でした。

おまけとして、1976年秋の状況劇場による「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」のチラシの画像を載せておきます。

1976ochoco-a.jpg

1976ochoco-b.jpg
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2022年06月21日

石坂洋次郎「老いらくの記」「麦死なず」「海を見にいく」

3月末から毎日が日曜日なのでできるだけ朝夕散歩をすうようにしています。5月のある日の夕方散歩していて、岡ビルの近くに「岡山で一番小さな古本屋・隠書泊(おにしょはく)」というお店があることに初めて気付きました。岡山に引っ越してきて17年ちょっと。色々歩いているようで、大抵同じ道ばかり歩いていたのでしょう。本も整理されていて、感じのいい店です。たしかこの日は「ヴィーチャと学校友だち」(ノーソフ)と「死線を越えて」(賀川豊彦)の2冊を購入しました。

先日覗いたときに購入した2冊のうちの一冊が「老いらくの記」(石坂洋次郎)です。年をとったので、他の人がどう老後を過ごしたのか参考にしようと思ったのですが……、これがなかなかスゴイ本でした。買ったのは1984年に刊行された文庫本ですが、元は1977年に出た単行本の文庫化です。中身は前半が「I 老いらくの記」(朝日新聞に連載された15篇に7篇追加したもの)、後半が色々な場所に掲載されたエッセイからなる「II 老年もまた楽し」です。まだIしか読んでいません。というのも新聞連載の9回目の「妻の名は『……』」という文章がすごくて、そこから他の本へと移っていったからです。

石坂洋次郎は21歳のときに17歳の女性と結婚しています。「妻の名は『……』」はその妻のことを書いた文章です。その冒頭の部分を書き写してみます。

 五十年連れ添って五、六年ばかり前に亡くなった妻の名はゆみ子。同じ弘前市内の八百屋の長女で、私と知り合ったころは横浜のミッション・スクールに通っていた。何故ミッション・スクールかというと、女学校時代からの彼女の恋人は、町のプロテスタントの教会の牧師さんだったからである。(中略)
 ところが、たまたま東京の文科大学に通っており、町では不良な文学青年として知られていた私とつき合い出だすと、双方ともにメラメラと熱く燃え上がり、あっという間に結婚してしまったのである。


ゆみ子が、ある晩(こどもが二人いるような頃)、寝床の中で、かつての恋人だった牧師さんとのことを石坂に語り始めるんです。
「夏休みなど、私達は泊まりがけで近くの農村によく伝道にまわったの。知り合いの農家に泊るでしょう。一つ蚊帳の中に寝床を二つ並べて敷いてくれるのよ。ランプを灯してあるわ。シーンとして、虫がたくさん鳴いて、感動的なのよ」
 私はつづいて語られるにちがいない、牧師さんと彼女が激しく抱き合う情景に耐えられるよう胸の鼓動を整えていると、まったく違った話が出てきたのにはびっくりさせられた。
「彼と私は蒲団の下からさしのべた手を握り合い、男に負けない積極性がある私の方から発言するの。『農家の人達って男女ともセックスぐらいしか楽しみがないでしょう。あんなもの、快楽なんてものじゃないわ。私達、農民達が神の道に目覚めるよう努力しましょうね』って。……牧師である彼は感動して、何べんもうなずいて私の手を握り返すのよ」


読者としてはちょっと期待外れの(笑)はなしなんですが、石坂は二人(牧師とゆみ子)が神一筋に生きぬいていたことに感動するんです(爆笑)。さらに、そのことに感動した自分自身にも感動するんです(大爆笑)。石坂洋次郎の作品にはユーモアがあるとは聞いていたのですが、かなりひねくれたユーモアです。

それに続くゆみ子のおしゃべりが過激で本当に驚きました。もう亡くなっているからと言って、こんなに赤裸々に書いていいんでしょうか。これが1976年の朝日新聞に掲載されたというのが信じられないくらいです。あまりに過激なので、少しだけ写しておきます。
私と彼が愛し合いながら肉体の接触がなかったのは、彼の方が牧師の指命に徹しすぎて、性的な牽引力がゼロだったのね。そのころまでの私がそうだったのかも知れないわ。それが双方の親達も世間も公認して、私達が夫婦になってしまうと、私が急激にセックスに目覚めたのは、貴方という人は、小柄なくせにセックスの塊みたいな存在だったからだわ。貴方、告白したでしょう、中学上級から私達が結婚する大学の半ばまで、三日に一ぺんはオナニーにふけっていたって……。その精力で私を求めているんですからね。(後略)


ところで、石坂洋次郎の奥さんの名前はゆみ子ではないんです。この文章の最後は次のように締めくくられます:
 ――最後に亡妻の名を「ゆみ子」と記したが、これはほんとうではない。本名は「うら子」なのだが、本名を用いると文章が書きづらくなったりするので仮名を用いたのである。読者よ、あしからず。


う〜む、ゆみ子さんならぬうら子さん……なかなかスゴい人ですね。面白すぎです。
この人のことがもっと知りたくなって、ネットで検索してみました

するとなんと石坂とうら子さんの夫婦関係を元にした作品がぽろぽろと見つかりました。石坂は1900年生まれですので年齢がわかりやすいです。

1927年「海を見に行く」(短篇、『三田文学』に掲載)
1936年「麦死なず」(長編、『文芸』に一挙掲載)

「海を見に行く」は彼の処女作で、石坂とうら子が喧嘩ばかりする話です。

「馬込文学マラソン」というサイトに紹介記事がありました:
石坂洋次郎の『海を見に行く』を読む〜凄まじい夫婦喧嘩
https://designroomrune.com/magome/a-o/ishizaka/ishizaka.html

この作品は昔買ったまま読んでいなかった「河出書房・日本文学全集30石坂洋次郎」にはいっていたので読めました。ともかく、妻(小悦の中ではフク子)のことをぼろくそに書いています。でも喧嘩のやりとりが凄くおかしいんです。だけど妻のフク子が好きなのがぽろっと漏れてきます。田舎で親しくしていた室田という男が、田舎の生活がいやで家を飛び出してきて、彼等の家に居候することになります。その部分から少し引用します。
 室田があらわれたのは、私たちがそんな生活をしてるときだった。フク子は蓮っ葉に握手を交わしたりなどして歓迎した。火鉢を囲んで紅茶を啜り、故郷の話が一と通り済んでから、髭が伸びて青ざめた頬を撫でまわし「家庭生活っていいもんだなア」と室田が洩らすのをきいて、私までがウッカリそんな気になりかけたぐらいだった。

室田は結局仕事探しもあまりせずぶらぶらするだけ。フク子は、早く田舎に帰って貰えと夫にいいますが、室谷は帰る汽車賃もありません。行くところもなくて、夫と室田は海を見に芝浦に行き、唄ったり、寝ころんで話をしたりしますがいつのまにか室田は眠ってしまいます。夫は妻に嫌気がさして、「恋愛(ラブ)」をしたいと思っていますが、いっぽう、家にいるフク子や3歳の息子ハルキチがどうしているかを思い浮かべたりする……そんな話です。

「麦死なず」については以下の記事が見つかりました。
主人公(石坂)は「五十嵐」、妻(うら子)は「アキ」となっています。

A 出版・読書メモランダム>古本夜話
古本夜話845 石坂洋次郎『麦死なず』と『雑草園』
https://odamitsuo.hatenablog.com/entry/2018/11/23/000000

B 青空文庫
文学と「地方性」宮本百合子
https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2891_9140.html

C 朝日新聞 Travel > 愛の旅人
石坂洋次郎「麦死なず」〜五十嵐とアキ
http://www.asahi.com/travel/traveler/TKY200705190087.html
(二人の写真もあります)

AやCの記事に書いてあるように、アキが男を作って弘前と東京を行ったりきたりする話です。最後の方で五十嵐はアキにこのことを小悦に書くと宣言します。これは読み応えのある作品でした。ともかくアキがすごいです。実際のうら子さんがどうだったのかはわかりませんが、よくこの小説をだすことを許したもんだと思います。kindleで読めます。お薦めです。

さて、家出の時の相手とはいちおう終わった後もアキは「五十嵐の家に出入りする青年らと自由奔放な交際をはじめ出した」とあります。そのあとに、『海を見に行く』と同様に、ぽろっと妻の魅力を求めるところがありますので、引用しておきます。
若い異性に接する刺激と、すでに五十嵐から見限られたらしい自分の素晴らしさを、これらの青年たちについて再テストすることによって、うすら寒い胸の間隙を充塞しようというのだった。したがって青年らに接する態度にも、自分の好さを一ぺんに相手に分ってもらって、同時に自分をもそのごとくに好いてもらおうとする迫った感じのものがあり、五十嵐が時々示す消極的な拒否の表情などは一とたまりもなく吹き飛ばされてしまうのだった。五十嵐は自分の妻が他の男と交際することを必ずしも拒むものではなかった、感情的にも、理性的にも。だが、アキの場合は、例えば自分の素肌をチラッと覗かせて相手の青年らを牽きつけているような味気ない感じのものに受けとれて、忍びがたい気がした。家の中は隅々まで開放する、一緒に町を歩く、青年らの家に遊びに行く、婦人病で寝ている枕許に見舞いに来てもらう、シャツを編んでやる、話題は簡易英語発音法から人事百般に及び、あり合わせの御馳走は残らず並べて、決して青年らに屈託な思いをさせないのだ。笑い声はことに朗らかだ。肥った身体をゆすぶり、薄赤い喉の奥を覗かせて、天井板を突き抜きそうに腹いっぱいな声をあげて笑い出す。信服するその肉声の響きの中には、アキのもつ無邪気な子供らしい人間味の一面が豊かに溢れていて、五十嵐でさえうっかりアキを好きになっていることがあった。

これってもろに惚気じゃないですか(笑)。
そのあと、青年に肩敲きさせたり、そのあと青年たちのまん中に仰向けに横たわって、云々のあとに五十嵐は「やり切れない気持ちだった」と書いていますが、実は喜んでいたんではないかと勝手に推察します。そんな風に考えるとこれは妻へのラブレターのような作品なのかもしれません。

さて、「老いらくの記」の他の記事については、また別の記事に書くことにします。書かないかも知れませんが、あしからず(真似すんなって・笑)。
posted by dunno at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2022年06月17日

『メタモルフォーゼの縁側』6/17@TOHOシネマズ岡南

6月17日(金)、TOHOシネマズ岡南で『メタモルフォーゼの縁側』を観ました。

公式サイト
https://metamor-movie.jp


シネマジャーナルの作品紹介
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/488803086.html
佐山うらら17歳。クラスメートとキラキラの青春…でなくBL漫画をこっそり読むのが唯一の楽しみといういたって目立たない女子高生。
市野井雪75歳。夫に先立たれて一人暮らし、これといった趣味もない。ある日うららのアルバイト先の本屋に雪が現れ、1冊の本をレジに出す。思わず見つめるうらら。雪は綺麗な表紙にひかれてBL漫画と知らずに買ったのだったが、初めて見た男子の恋物語に魅了されてしまう。雪は続きが読みたいと、再び本屋に向かった。嬉しくなったうららは、雪とBL漫画の世界について語り合う。雪の贔屓の漫画家はコメダ優、うららの知識を吸収し、2人は共通の好きなものですっかり親しくなる。年の差58歳の新しい友情が生まれた。


ほのぼのとした映画です。イヤな人は全然出てきません。悲惨なこともおきません。その分、ちょっと盛り上がりには欠けたかな……と思いましたが、見終わって、気持ちのいい映画でした。
マンガの見せ方もとてもうまいと思いました。
いちばんぐっと来たのは、うららが泣き出すところ……。若い人は自信なんて持ちにくいものですよね。

BLのコミックって読んだことがないのですが、なかなか面白そうです。
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『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』6/11@シネマ・クレール丸の内

6月11日(土)の二本目は『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』でした。

公式サイト
https://deux-movie.com


公式サイトより
南仏モンペリエを見渡すアパルトマン最上階、向かい合う互いの部屋を行き来して暮らす隣人同士のニナとマドレーヌは、実は長年密かに愛し合ってきた恋人同士。マドレーヌは不幸な結婚の末に夫が先立ち、子供たちもいまは独立し、家族との思い出の品や美しいインテリアに囲まれながら心地よく静かな引退生活を送っている。2人の望みはアパルトマンを売ったお金で共にローマに移住すること。だが子供たちに真実を伝えられないまま、時間だけが過ぎていく。そして突如マドレーヌに訪れた悲劇により、2人はやがて家族や周囲を巻き込んで、究極の選択を迫られることになる。
最愛の人と築き上げた平和な日常が突如崩れ去った時、自らの手で人生を取り戻すべく抗う彼女たちが選んだ答えとは――。


主人公があまりに過激なことをするのでびくびくしながら観ました(小心者なのです)。それだけ愛がつよかったのでしょうけど。最後にはまたふたりが結ばれてほっとしました。そういうところが『エマ 愛の罠』と似ているような気がしました。あのエマも凄かった!

音楽が良かったですね、昔のヒット曲『シャリオ』……すごく耳になじんでいて、
懐かしいんだけれどもいつ聴いたのか思い出せません。いくつかYouTubeで聴いてみると
ペギー・マーチという人の歌ったバージョンかなとも思います。
https://youtu.be/Jm3_oBy4q9A

この映画を観て思いだしたのは『ウーマン・ラブ・ウーマン』の第一話。
https://youtu.be/Vfn5Vcay6MU
(今のところ全部観れるようです)
こちらではレズビアンのふたりが一緒に住んでいるのですが、ひとりが事故で死亡。家族ではないので、病院の待合室で待っているのに、死に目にも会えないんです。おまけに、ふたりで買った家なのに、死んだ人の名義にしていたので、生き残った方は家を追い出されてしまいます。とっても悲しい話でした。
最初ビデオで買って、のちにDVDで買い直しました。
またこの映画の冒頭に出てくる『噂の二人』のDVDも買ってしまいました。
個人的な好みでいうと、『ウーマン・ラブ・ウーマン』の第2話が一番の好み。クロエ・セヴィニーに心臓を打ち抜かれました。もしお時間があればそこもご覧ください。

今回の映画でも、二人が共同生活を楽しんでいたのはマドレーヌの部屋の方でしたニナの部屋は本当に殺風景。日本でも愛し合う二人が安心して暮らせるような制度にしないといけないと思います。
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『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』6/11@シネマ・クレール丸の内

6月11日(土)、シネマ・クレール丸の内で映画を続けて2本観ました。
最初に『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』を観ました。

公式サイト
https://bitters.co.jp/mynydiary/


公式サイトより
90年代、ニューヨーク。作家を夢見るジョアンナは、老舗出版エージェンシーでJ.D.サリンジャー担当の女上司マーガレットの編集アシスタントとして働き始める。昼はニューヨークの中心地マンハッタンの豪華なオフィスに通い、夜はブルックリンにある流し台のないアパートで同じく作家志望の彼氏と暮らしている。
日々の仕事は、世界中から毎日大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターを処理すること。小説の主人公に自分を重ねる10代の若者、戦争体験をサリンジャーに打ち明ける退役軍人、作家志望の娘を亡くした母親――心揺さぶられる手紙を読むにつれ、飾り気のない定型文を送り返すことに気が進まなくなり、ふとした思いつきで個人的に手紙を返し始める。そんなある日、ジョアンナが電話を受けた相手はあのサリンジャーで…。


色んなことが起こるので退屈はしませんでした。突然ダンスシーンになったりするのも悪くないです。ただ、主人公の女性がかなり軽率な行動をする人で、観ていてひやひやしました。この主人公にはちょっとついて行けないですね。胸をぎゅっと掴んでくれるようなシーンがありませんでした。

それから実はサリンジャーの本って一冊も読んでいません。お薦めの本があればどなたか教えてください。映画の中では「フラニーとゾーイー(ズーイー)」がいいとか言ってましたけど。村上春樹が新しく約しているようですが、村上春樹の小説も短篇集一冊しかよんでいないので、多分、ぼくの好みではなさそうな気がします。

posted by dunno at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画