2018年02月28日

島津亜矢さんのテレビ・ラジオ出演(2018年2月)

2018年2月の島津亜矢さんのテレビ・ラジオ出演の予定・記録です。2/28 23:59:00 の日付・時刻で投稿しています。通常の記事はこの下にあります。

●2/2(金) 21:00〜21:54 BS-TBS「由紀さおりの素敵な音楽館」(再放送)
『王将』
『阿吽の花』

●2/3(土) 5:00〜7:40 ニッポン放送「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」
『飾りじゃないのよ涙は』
『ワインレッドの心』
『黄昏のビギン』

●2/3(土) 18:05〜18:43 NHK総合「五木先生の 歌う!SHOW学校」(米子市)
『月光仮面は誰でしょう』
『紅葉』(うなる島津節〜すごくよかったです☆)
『故郷』(全員で〜亜矢さんはマイクを口から遠ざけておられました)

●2/7(水) 19:00〜21:54 BS朝日「日本の名曲 人生、歌がある〜セレクション ]Y 3時間スペシャル」
『なみだ船』(トリビュートタイム〜船村徹〜のパートにて)
https://youtu.be/bVcbzwhGEKI
Yahoo!Japanテレビ番組

●2/8(木) 21:00〜21:54 BS-TBS「昭和歌謡ベストテン #68美空ひばり特集」
10.『柔』島津亜矢 ※見事なうたいっぷり!
09.『東京キッド』角川博
08.『哀愁波止場』本人
07.『愛燦燦』森山愛子
06.『リンゴ追分』本人
05.『お祭りマンボ』本人
04.『みだれ髪』角川博 ※角川さんがこの曲を取ってしまいました(^^;
03.『真赤な太陽』本人
02.『悲しい酒』島津亜矢 ※ほんとにうまいですね、うっとり聞き惚れました。角川さんも「うますぎ組の組長」と評されました(笑)。
https://youtu.be/7IRfsNtJ-IA
https://youtu.be/6LEH21LKJu8
01.『川の流れのように』3人(1番:角川、2番:島津→森山→島津→島津+森山)

「私だけの1曲」として、亜矢さんは『ひばりの佐渡情話』をあげられました。たぶん、自分で初めて買いに行ったレコードだとおっしゃっていました。

角川博さん、最近は松元ヒロさんにそっくりですね、でも、歌はいまも達者です。元は物まねをしておられたとのことで、ひばりさんのうたを見事にうたっておられました。ぼくはこの人の『四谷・大木戸・左門町』が好きです。『スカボローフェア』とか『五番街のマリー』『ジョニィへの伝言』みたいな歌詞ですが、さらっと歌っていていいです。ぼくがまだ学生だった頃の歌です。近田春夫が深夜放送で、「前より下手になったと思う人もあるかもしれないけれど、この歌で角川博は一皮むけたんだ」というような内容で褒めていました。それにしても司会をしていた関根勤も、角川博も、ぼくと同学年とはびっくり。若いですね〜(関根さんはみかけが、角川さんは声が)。
「四谷・大木戸・左門町  角川博」
https://youtu.be/IpHchLUuhak
角川博ブログ「歌舞いて候う」
https://ameblo.jp/06hiroshikadokawa/
2月9日(金)はBS-TBS『由紀さおりの素敵な音楽館』(21:00〜22:54)に出演とのこと。

森山愛子さんも上手な歌手ですね。癖がなくてとても聴きやすいです。
オフィシャルサイト http://moriyama-aiko.com

●2/18(日) 19:30〜20:59 BSプレミアム「新・BS日本のうた」
古今東西・名曲特選
『独楽』
スペシャルステージ「懐かしの紅白歌合戦」
『君の名は』
『千年の古都』
『人生将棋』(大トリ☆)
『世界に一つだけの花』(市川・島津・山内・福田)
『蛍の光』(市川・島津・山内・福田)

※ 亜矢さんファンのあつまる掲示板「亜矢姫倶楽部」を毎日覗いています。
http://www.number7.jp/bbs/3015/index.html
2月14日の最初の二つの投稿は夢見鳥様の『名歌「夢見鳥」を通して、亜矢ちゃんを仰ぎ見る』とその続きでした。記事番号で言いますと[44296][44297]のふたつです。この投稿で夢見鳥様は如何に亜矢さんが天才であるのかを語っておられます。ぜひお読みください。
【夢見鳥】 島津亜矢

二番の
ぽろぽろ ぽろぽろと
涙が頬伝う

の部分の「伝う」の箇所について
さて、上記の歌詞の二番に注目して、強いてスペースで四句(起・承・転・結)に区分けしてみましたが、この承句の末尾、「涙が頬伝う」の「つ〜たう〜」が、冒頭で触れた「芸術」の何たるかを、亜矢ちゃんが如実に示してくれている箇所です。
この歌を愛されている方にとっては、今更の感があると思いますが、「つ〜」の声の震えを、よく聴き取って欲しいと思います。下にYouTube「夢見鳥」へのリンクを張っておきましたので後でご確認下さい。

そこでは、涙が頬を伝う一瞬の情景を髣髴させるのです。

これは意識的に声を揺らす、いわゆるvibratoではありません。vibratoとするにはあまりにも微細過ぎて、人為を超えています。
この「伝う」に応当する箇所である一番の「鳴る」や三番の「響く」の歌声と対比すると、歌詞に即した情念の変化が見て取れます。

人によって受け取り方が分かれる所かも知れませんが、私は、これは、彼女の胸の内に高まった情感の圧力によって口を衝いて噴き出し形が、この超微細な震えであったと考えています。
この箇所は、完璧な形態をとった「表現」が旋律に乗って降臨した、まさに『芸術』と形容すべき瞬間であると思います。
亜矢ちゃんの才芸は、ここにおいて至高の域に達し、歌の神髄を極めたのです。
私が彼女を『天才』と呼ぶ所以です。

ここまで聞きこむかたがあるとは亜矢さんも本望でしょう。掲示板の記事ですのですぐに流れて消えてしまいますのでお早めにお読みください。
タグ:島津亜矢
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立ち去った女

都会では昨年の秋に上映されたフィリピン映画ですが、岡山では今週一週間だけ毎日一回シネマクレールで上映しています(12:20〜16:40)。

公式サイト
http://www.magichour.co.jp/thewoman/


昨日有給休暇を取って観てきました。

殺人の罪で30年間刑務所に入っていた女性の話です。元教師でインテリ、受刑者たちの朗読教室(?)の指導をしていたりします。真犯人がわかり刑務所から出てくると、夫はすでに死亡。9歳だった長男は行方不明。7歳だった娘だけが唯一の家族。真犯人の黒幕が自分の昔の恋人だと知り、復讐のために彼の住む島へ行きます。そこで出会う人たち(貧しく辛い生活をしているのですが……)とのやりとりが素晴らしい!!! 淡々と、そしてゆっくりと描かれますが、この部分ならずっと見続けていたいほどの至福の時間を体験できます。またその過程で、過酷だった30年間を想像させるいろんなエピソードも少しずつ描かれます。

最後は皆が幸せになりました……という映画ではなくて、切ない終わり方でした。

去年みた『ローサは密告された』もフィリピンのスラムを舞台にした迫真の映画でしたが(カンヌで主演女優賞受賞)、『立ち去った女』もベルリンで金獅子賞を取っています。そして2017年キネマ旬報外国映画ベストテンの5位だったそうです。フィリピン映画は元気がいいですね。そうそう『ダイ・ビューティフル』もフィリピン映画でした。これも面白かったです。

長い映画ですがおススメです。金曜日までですのでお見逃しなく!
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2018年02月23日

Andrew Ranicki passed away.

Andrew Ranicki passed away on February 20. He was 69 years old. He was an expert on algebraic theory of "surgery" (aka algebraic L-theory). He recently published a new book, titled "The Geometric Hopf Invariant and Surgery Theory", jointly with Prof. M. Crabb of Aberdeen. I have a copy of the book on my desk now. The book is dedicated to his grandson Nico Marcel Vallauri. See the picture. Nico is a son of Andrew's daughter, Carla. The picture was taken by her.

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I owe a lot to him. My Ph.D thesis (1982) completely depends on his fundamental works on surgery.

During the 80's I was thinking about "squeezing" of "quadratic complexes" of Ranicki. I thought I could prove a squeezing result for chain complexes using a sort of Alexander trick for chain complexes, and gave a talk at a conference at University of Notre Dame. Andrew immediately found that something was seriously wrong with my argument, and he changed the topic of his talk and gave a counter example to what I claimed! But he was very kind and tried to be very vague about my errors, so most people there did not understand the point of his talk. He privately explained his argument to me in detail, and told me to come and work in Edinburgh. That encouraged me a lot.

I did not forget his words and spent the academic year 1990/91 in Edinburgh with my family. Andrew was so kind and prepared everything for me and my family. On our first evening in Edinburgh, my younger son Hisashi (Yamasaki Hisashi) had a fit and hospitalized. Andrew helped us a lot.

This one year was very fruitful for me mathematically. Andrew described his ideas to me very clearly, and I could understand what he wanted to do very quickly. But I was rather slow after that and it took me 5 years to materialize the "controlld K" paper and it took me 10 more years to materealize the "controlled L" paper. After finifhing them I was very tired, but it was worth working on it. Later, Guentner, Tessera , and Yu used our controlled K and L papers to prove good results related to Novikov Conjecture. I was very happy, and I believe Andrew was also very happy about it!

Besides mathematics, I also learned plainTeX from him. (Eventually we all moved to AMS-LaTeX later.)

As for squeezing problem, Erik Pedersen insisted that L-theory squeezing should hold true without any K-theoretic assumtions and actually gave a proof when the control space is a circle, around 1998. I was rather skeptical, because of my earlier failure, but Erik was very enthusiastic so I kept the problem in my mind for several years without any success. But around 2003, I could come up with an idea of inductive application of Alexander tricks, and we could give a proof of a squeezing theorem for controlled L-theory. In the proof we used the ingredients of controlled K-theory and L-theory papers of Ranicki-Yamasaki. In the 80's, I did not know the technology which had been already developed by Andrew.

I have been naively imagining that Andrew would live very long, because his parents lived very long and Andrew was always full of energy. So the news of his death was very shocking to me. I will never forget the day "February 20", because it is my birthday and also a birthday of John Milnor who was one of the pioneers of surgery theory.

Thanks a lot, Andrew! Please rest in peace.

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2018年02月18日

闇に黙せず 宮崎郁子 ―エゴン・シーレとともに―

昨日から3月11日(!!!!)まで、瀬戸内市立美術館4階展示室で宮崎郁子さんの作品展『闇に黙せず 宮崎郁子 ―エゴン・シーレとともに―』が開催されています。

瀬戸内市立美術館
http://www.city.setouchi.lg.jp/museum/

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宮崎郁子さんの作品を初めて観たのは2009年の3月でした。天神山の大きな会場で個展を開催されたんです。それ以来すっかりファンになってしまいました。

最近の作品の多くはエゴン・シーレの作品や彼に関係するものをモチーフとしておられます。今年はエゴン・シーレの没後100年にあたります。特別な年です。というわけでとても期待していましたので、初日に出かけてきました☆

昨年10月末から一ヶ月間、宮崎さんはチェコの難しい名前の町(かつてはクルマウと呼ばれた、母親の出身地)にあるシーレのアトリエ跡(現在はエゴン・シーレ・アートセンターとなっている)に滞在し、新作の制作に励まれました。なんとこのとき、宮崎さんはシーレの等身大の作品を2つのスーツケースと一つの段ボール箱にいれて現地まで運ばれたんです。その人形をアトリエで撮影した映像は今回の展示の中でも上映されています。その作品のインパクトが強かったのかどうかわかりませんが、4月から開催される大きな展覧会に招待されたそうです。今回の展示が終わったらすぐ発想の予定だとか。本人の飛行機代も向こうがはらってくれるという嬉しい待遇です。宮崎さんの大きな夢が叶ったんですね☆

毎日新聞の記事
おかやまアート事情「シーレのアトリエ跡〜宮崎郁子さん」
https://mainichi.jp/articles/20180209/ddl/k33/070/533000c

今回の会場の最後の部屋は写真撮影可になっていました。鎮魂の部屋だそうです。

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対角線上の角には老人の人形と赤ちゃんの人形が配置してありました。

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いいですね〜。他の部屋も色々雰囲気は違いますがよかったです。ある部屋には宮崎さんのもっておられるエゴン・シーレの画集が並んでいて、そのそばにさりげなくあの伝説の人形(お父様の持っておられた人形)が置いてありました。大事に大事に持っておられた人形です。

詳しくはこちら:
http://www.museum-haus-kasuya.com/Exhibition-2/MHK-Exhibition/Ikuko_Miyazaki_2017.htm

日曜日はアーティストトークの時間もあるそうです。ぜひおでかけください。

タグ:人形
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2018年02月12日

バーフバリ 王の凱旋

2月12日の夕方、シネマクレール丸の内で『バーフバリ 王の凱旋』を観ました。

公式サイト
http://baahubali-movie.com


お休みの日だし。メンズデーということで半分以上席が埋まりました! 前作『バーフバリ 伝説誕生』は見ていないのですが、本編の前に前作のダイジェストが上映されるので問題なしでした。

ダイジェストはこちら:


登場人物の名前はなかなか覚えにくいかもしれませんね。バーフバリというのも父親のアマレンドラとその息子のマヘンドラの二人でややこしいですが、マヘンドラってマヒンドラと同じ名前でしょうか、マヒンドラなら新聞で時々見る、インドの会社の名前ですね。松江にあった会社の名前「三菱マヒンドラ農機株式会社」にもマヒンドラが入っていました。インドの資本が入っていたようです。
http://flim-flam.sblo.jp/article/180966402.html

前作はマヘンドラが中心のようですが、今回の作品は父親のアマレンドラが中心です。奴隷のカッタッパが語るという設定。アマレンドラがカッタッパと旅をしてのちに妻となるクンタラ国の王女デーヴァセーナと出会ってからの部分がとても楽しくていいですね。純粋に楽しめます。この王女がなかなか武道に強く、二人が競い合うシーン、一緒に戦うシーンなど見せ場がいっぱい。このあたりはけっこうユーモラスでした。

全体的に音楽も派手で盛り上げてくれますし、もちろん踊りのシーンもけっこうあって楽しめました。

マヘンドラの話に戻って、最後の決戦が描かれますが、さすがにちょっとこの辺で疲れてしまいました。

※公式サイトによると「ラーマーヤナ」と並んで有名なインドの叙事詩「マハーバーラタ」をもとにしてるんだそうですね。世界史ででてきて名前だけしっていますが、こんな話なんですね。子どもの時に児童用向けの「ラーマーヤナ」は読みました。詩で読む気はちょっと起きないですね(^^;

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2018年02月11日

デトロイト

2月9日の夜、シネマクレール丸の内で『デトロイト』を観ました。『サーミの血』に引き続き、これも人種差別を扱った作品でした。

公式サイト
http://www.longride.jp/detroit/






1967年に実際にデトロイトで起きた事件をもとに関係者に取材して事件の再現を試みた映画です。すごくリアルで見ていて恐ろしかったです。内容は上の3つの映像をみれば大体わかります。

映画は大雑把に3つのパートに分かれています。最初のパートはデトロイトの街で黒人による暴動が起きる様子を描いています。第2のパートはモーテルから悪ふざけでスタート用のおもちゃの銃が発砲されたことから警察や軍隊がモーテルを囲んだ中で、一人の異常な警官によりモーテル内の容疑者が悲惨な目にあい、数人が射殺されてしまうという事件を描いていて、ここがメインです。最後は短くて、警官たちが訴えられた裁判が描かれます。

異常な警官たちの存在はもちろん恐ろしいのですが、裁判の結果の方がそれよりもインパクトは強いです。恐ろしい話です。ある意味、警察の彼らへの捜査自体が結果的に彼らを助けることになってしまいます。

これも見るべき映画ですね。

デトロイトっていうと、なんだか恐ろしいという印象があります。デトロイトの街に行ったのはただいとどだけ。1983年ごろだったと思います。車で中心部のルネサンス・センターにあった日本料理店(だったかな?)に車で連れて行ってもらいました。当時、日本車のせいでアメリカの自動車産業界での失業者が激増し、日本人に対する敵意は強かったのです。ぼくがバージニア州からミシガン州に引越ししたのは1982年の夏ですが、中国系の男性が日本人と思われて白人男性に殺されたんです。この事件に関しては次のページが詳しいです:

「日本人と間違われて殺された」ヴィンセント・チン:あれから35年
http://activeny.blogspot.jp/2017/07/35.html

もっと長期間のデトロイトの事情は wikipedia にあります。
デトロイト大都市圏における日本人の歴史

ああ……でもデトロイトの街を恐れるぼくの心にも、アジア人を憎むのと同様な偏見が隠れていたんでしょうね……。恐怖は容易に攻撃に変わってしまうものだから……。

話がそれてしまいましたが、『デトロイト』はこの事件を風化させまいとするとても誠実な映画だと思います。オススメです。
posted by dunno at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

サーミの血

2月9日に、シネマクレール丸の内で『サーミの血』を観ました。最終日で駆け込んだ人が多かったのか、かなりたくさんの人がおられました。映画を語る会のA澤さんも入ってこられて、たまたまぼくの隣があいていて、並んで観ることができました。面白い映画の情報もいただきました。

公式サイト
http://www.uplink.co.jp/sami/


1930年代におけるスウェーデンでの民族差別を扱った映画です。公式サイトによれば
サーミ人とは、ラップランド地方、いわゆるノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北部とロシアのコラ半島でトナカイを飼い暮らし、フィンランド語に近い独自の言語を持つ先住民族。映画の主な舞台となる1930年代、スウェーデンのサーミ人は他の人種より劣った民族として差別された

のだそうです。

ラップランドというと子どもの時に読んだアンデルセン童話集の「雪の女王」に出てきたのを覚えています。岩波文庫の「アンデルセン童話集2」(大畑末吉訳)に入っていました。旧仮名遣いでしたが何度も何度も読み返しました。とても気に入っていたので自分でも買って、新しくなった現代仮名遣いの版を持っています。カイが雪の女王にさらわれて、いろんなところを旅するゲルダは山賊につかまってしまいます。殺されて食べられてしまうところを、山賊の小娘に助けられます。山賊の城で眠ろうとしていると、小娘の飼っているハトがカイは雪の女王の車に乗っていたよ、たぶん「ラプランド」に行ったと思うよ、そこは年じゅう雪と氷でとざされているところだ、と教えてくれます。そしてそのそばにいたトナカイ(映画にもトナカイはいっぱい出てきます!)に、雪の女王のいるところはラプランドよりもっと北のスピッツベルゲンという島だと教わります。朝になってそのことを山賊の小娘に話すと、親切にも、トナカイにゲルダを雪の女王のところまで連れて行くように言ってくれるのでした。トナカイとゲルダは途中でラップ人の女やフィン人の女に助けられて、雪の女王のところにたどりつき、カイを救い出し、帰りもフィン人の女やラップ人の女のところに寄り、親切にしてもらいます。(今、本を見ながらまとめてみました、こんなに覚えていたわけではありません。)

Wikipediaによると、「ラップ人」というのは、古語・蔑称で、今はサーミ人と呼ぶのだそうです。
Wikipedia サーミ人

上のリンク先では映画でも出てくる「ヨイク」と呼ばれる即興歌についても解説されています。

この映画の監督さんはサーミの血を引いていて、主人公の少女エレ・マリャを演じた方もノルウェーでトナカイを飼っているサーミ人だそうです。妹役の少女は本当にこの人の妹だそうです。

映画の中で、サーミ人に対するスウェーデン人の偏見が痛いほど描かれています。映画を観ながら、これはよその国の話だと思ってはいけなくて、日本でもアイヌの人々・朝鮮の人々・台湾の人々・被差別部落の人々・「奇病」にかかった人々……に対して同じことが行われていたことを思い出さざるをえませんでした。彼女が自分の「におい」をすごく気にするところがとても痛々しかったです。

主人公のエレ・マリャは賢い子で、本を読むのが好きで、将来教師になりたいと思っています。自分に目をかけてくれる女性教師にその気持ちを伝え、高校に行きたいというのですが、それは無理だと言われてしまいます。サーミ人が劣等であることは科学的に証明されているというのです。彼女は結局、家出をします。……

その後どうなるかというのは、映画の冒頭で明らかにされています。年取った元教師の彼女が、疎遠にしていた妹の葬儀に、自分の息子に無理やり連れてこられるところから始まるんです。スウェーデン人になりきるためにサーミとの縁を切った彼女がどれだけ苦労したのか、どのように配偶者と出会ったのか……などは描かれていませんがそれはいやでも想像してしまいます。

岡山での上映は終わってしまいましたが、眉間の方はなにかのチャンスにぜひご覧ください。

※ 監督・主演女優インタビュー記事
自由のためにすべてを捨てた北欧トナカイ遊牧民の少女の物語『サーミの血』
http://www.webdice.jp/dice/detail/5477/
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2018年02月10日

石牟礼道子さん、逝去

今日、2018年2月10日、石牟礼道子さんが亡くなられました。

大好きな作家でした。一番好きな作品はやはり『十六夜橋』です。現物なら古本でしか買えませんが、kindle等でならすぐ買って読むことができます。ぼくは最初単行本を買いましたが、のちにhontoで電子版を買い、さらに kindle 版も買いました。

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このブログには、石牟礼さんのお名前の出てくる記事がいくつかあります。そのリストを載せておきます。本当に名前だけのものもあります。

2011年9月24日「十六夜橋」
http://flim-flam.sblo.jp/article/48146642.html

2011年9月25日「椿の海の記」
http://flim-flam.sblo.jp/article/48163359.html

2012年3月17日「石牟礼道子対談集 魂の言葉を紡ぐ」
http://flim-flam.sblo.jp/article/54477793.html

2012年3月31日「桜つながり」
http://flim-flam.sblo.jp/article/54749307.html

2013年1月5日「恋に至る病」
http://flim-flam.sblo.jp/article/61247899.html

2013年7月7日「これから読むもの、観るもの」
http://flim-flam.sblo.jp/article/70650131.html

2015年4月4日「岡山散策」
http://flim-flam.sblo.jp/article/116180590.html

上の記事群に出てくる本以外にも、ずいぶん石牟礼さんの本を購入しています。『苦海浄土』は実は第一部しか読んでいません。他の本は読んでしまったのですが……。第一部には水俣病がおきる前の暮らしも描かれていて、そのあまりの幸福感に涙が出ました。オススメです。

今夜はまた『十六夜橋』を読んでいます。石牟礼さんのことを思いながら眠ろうと思います。

※ ネット上の石牟礼さん関連記事等へのリンク集をこの下に作ります。すこしずつ増やします。

●石牟礼道子(渡辺京二)
http://kyouiku.higo.ed.jp/page2022/002/005/page2332.html

●追悼 石牟礼道子(illegal function call in 1980s)
http://dk4130523.hatenablog.com/entry/2018/02/10/071937

●両陛下はなぜ「水俣病胎児性患者」と面会したか 故・石牟礼道子さんと美智子皇后の「秘話」
https://www.j-cast.com/2018/02/10320989.html?p=all

●石牟礼道子『苦海浄土』刊行に寄せて(動画)
https://youtu.be/n7VB2U4kA1M

●追悼 − 石牟礼道子(ART iT)(亜 真里男)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/G7zoTDMQP0qOeLJ8npkA

●石牟礼道子さんを悼む(辺見庸) 〈累〉の悲哀 紡いだ文学 (日経会員専用記事)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO26791990Q8A210C1BC8000/
石牟礼さんは、人を現前するただ一個のものとはみない。「むかしむかしのものたちが、幾代にも重なり合って生まれ、ひとりの顔になる」(『十六夜橋』)ととらえ、その〈かさなり〉に、しばしば〈累〉という漢字をあてた。〈累〉とは、このましくないかかわりのことである。いつかの手紙では自作について「悲哀だけで成り立っている」と書き、けっきょくはそのように作品をけんめいに彫琢(ちょうたく)してしまうことの、〈累〉の悲しみから逃れえないさだめをほのめかしている。わたしの生き方をも〈累〉の窓からごらんになっていたのではないだろうか。


●「苦海浄土」石牟礼道子さん死去 〜 患者の魂を言葉に
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=152176

●日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち 第6回 石牟礼道子(動画)
https://youtu.be/UA35VnzZ-3Y

●水俣病"真の救済"はあるのか〜石牟礼道子が語る〜
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3234/1.html
https://youtu.be/aYpRG6T-AVo (動画)

●石牟礼大学「いま石牟礼道子を読む」
https://youtu.be/DXYzOk7aebA
https://wan.or.jp/article/show/4133

●石牟礼道子さんの思い出(一樹の蔭、一河の流れ)
http://bronte.at.webry.info/201802/article_1.html
方言丸出しに綴られる言葉の数々は、読み終えたわたしに何としても水俣へ行って、自分の目で確かめずにはいられない、そんな気持を起こさせたのです。ある日、当時の国鉄久留米駅から列車に乗り、鹿児島本線を南下して水俣で下車。駅前からまっすぐ続く道の先にはチッソの工場が見え、雨の中をを歩いていくと工場正門横にテント小屋がありました。ここで患者さんや支援者などが、座り込みを続けていることを知っていたのです。

テントに着くと中は思ったより広くて数人がいましたが、出入り自由らしくわたしに気を使う人はありません。1時間ほどして石牟礼道子さんが顔を出され、その後、テントにいた胎児性水俣病患者の少年に、チッソ工場の排水口や湾ぞいの集落などを案内してもらいました。言葉も歩き方も不自由な少年でしたが、臆することなく自分の不安や希望などを熱心に話してくれたのでした。


●石牟礼道子 はにかみの国(松岡正剛の千夜千冊)
http://1000ya.isis.ne.jp/0985.html
 石牟礼は『苦海浄土』について、「白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの、である」と書いている。
 まさにそうなのだ。そう言われて、気がついた。ぼくも、いま思い出しても、『苦海浄土』は長塚節の『土』や住井すゑの『橋のない川』と似た作品のようには読まなかったのだ。そこから説経節や浄瑠璃に近い調べを聞いたのだった。が、そのときはそれが幻聴のように思えた。
 それが幻聴ではなかったことは、『十六夜橋』(径書房・ちくま文庫)を読んだときにわかった。この作品は、不知火の海辺の土木事業家の一家と、そこにまつわる3代にわたる女性たちや石工や船頭たちに流れ去った出来事が夢を見るように描かれていて、むしろ幻聴そのものを主題にしているかにも見えるのだが、読めばわかるように、かえってそこにずっしりとした「持ち重り」が輝いていた。それが『苦海浄土』以上に鮮明になっている。


●コラム凡語:石牟礼道子さん(京都新聞)
http://kyoto-np.jp/politics/article/20180214000049
 10日に死去した熊本在住の作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)さんの祖母、モカさんは精神を病んでいた。幼少時、祖母に付き添うのは孫娘の役割だった。不知火海のほとりで遊ぶ時も、祖母と一緒だった。

 自伝的作品「椿の海の記」では、「おもかさま」と周囲に呼ばれた祖母との暮らしが描かれる。人々は「おもかさまには荒神さんがついた」と言い、つかれたように孫を連れて歩き回る祖母を受け入れていた。


●石牟礼道子氏と渡辺京二氏 傘寿迎えた2人の作家の共助関係
http://www.news-postseven.com/archives/20110216_12817.html

●石牟礼道子おすすめ作品5選!水俣病を扱った『苦海浄土』など魂に響く5冊
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/1466

●〈時の回廊〉石牟礼道子「苦海浄土」 水俣病患者の魂、代弁
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201111100196.html
 おととしの夏、倒れて大けがをしたとき、記憶を2カ月半なくしました。幻覚はよく覚えています。千尋の谷に落ちる私の足から、チョウが太古の森へ飛びたったのです。あれは私の命かもしれません。こずえの葉が海風に震え、いい音楽が聞こえました。そう、幻楽四重奏。チョウの私はアコウの木の枝にとまり、幸せでした。そのあたりからこの世に帰ってきました。

 私は天という言葉がいちばん好きです。40年ほど前、水俣病の運動のさなかに、こんな句をつくりました。

 祈るべき天とおもえど天の病む

 天とは宇宙ですが、天と言った方が感情を託せます。あの地震のことも引っくるめて宇宙に異変が起こっています。私のなかで天は、今も病んでいますね。


●梟通信〜ホンの戯言
http://pinhukuro.exblog.jp/tags/石牟礼道子/

●不知火のほとりで(毎日新聞連載 会員用)
https://mainichi.jp/ch150913328i/不知火のほとりで

●石牟礼道子「魂の秘境から」
http://umit2011.pro.tok2.com/isimuremitiko1.html
朝日新聞連載のエッセイ「魂の秘境」や関係資料が読めます。
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