2018年06月30日

観たい・聴きたい…覚書(2018.6)

6月中はこの記事がトップに来ます。新しい記事はもう少し下にあります。

禁酒会館 2F
6/1(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.206
ピアニスト・鈴木たか子さんをゲストにお迎えして
禁酒會舘のピアノでバッハ「ゴールドベルク変奏曲」を聴く!
演奏:鈴木たか子(東京)、OZAKI UNIT
2.000円
-------------------------------
7/6(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.207
「バラッドへの誘い」フォークシンガー三浦 久さんをゲストにお迎えして
演奏:三浦久、OZAKI UNIT
2,000円
-------------------------------
8/3(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.208
「雑花塾」そして「凪の座」…中村みちこ さんをゲストにお迎えして
演奏:中村みちこ、中村文也、OZAKI UNIT
2,000円
-------------------------------
9/7(金) 18:30〜 岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE vol.209
「沖縄フォーク」のレジェンド! 佐渡山 豊 さんをゲストにお迎えして
演奏:佐渡山 豊、OZAKI UNIT
2,000円
-------------------------------

島津亜矢さんテレビ・ラジオ出演予定
6/9(土) 19:00〜20:54 BS朝日「美空ひばり永遠の歌声〜私を支えたひばり歌〜」
6/10(日) 19:30〜20:59 BSプレミアム「新BS日本のうた」
6/21(木) 20:00〜23:07 TBS「UTAGE!夏のリクエスト祭り」
6/24(日) 12:15〜13:00 NHK総合「のど自慢」
8/21(火) 18:05?〜 NHK総合「歌う!SHOW学校」

岡山天満屋5階美術画廊
7/11〜7/17 岡山のガラス展 グループ展
岡田多恵さん他

ギャラリー福田(東京町田市)
7/11〜7/24 夏を彩る女性作家展
岡田多恵さん他

サボア・ヴィーブル(東京・六本木)
7/27〜8/5 岡田多恵個展

ガレリアヴェンタリオ(神戸市中央区北長狭通3-9-2 マコマンション2F) 火曜日定休日
10/13〜10/21 岡田多恵個展

ルネスホール
yoshiyukiayuko201807_3.jpg yoshiyukiayuko201807_1.jpg
7/7〜7/30 吉行鮎子展 メロウに行こうよ
公文庫カフェ 11:00〜20:00 ラストオーダー 19:30
最終日の展示は18時まで
定休日:火曜日
7/14〜7/23 ルネスギャラリー特別企画展示 吉行鮎子展 本質は砂に埋もれやがて見えなくなる。
金庫棟ギャラリー
11:00〜18:00
定休:火曜日

天神山文化プラザ(月曜休館)
6/12〜6/17 30周年記念in岡山 アート・SUN展 (最終回!)

劇団花吹雪[ameblo #1][twitter]
6月 四国健康村
7月 新開地劇場(春之丞誕生日公演(7.6)では「お里沢市」、三代目座長襲名七周年記念公演(7.20)では「番場の忠太郎」をやるかも……)
8月 おふろcafe湯守座(旧ユラックス)
9月 京橋・羅い舞座
10月石川県

何様!?俺様!!春之丞様!!!!
春之丞さんのtwitter
春之丞さんのinstagram
桜京之介のブログ
桜彩夜華さんのinstagram

続きを読む
posted by dunno at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 予定

島津亜矢さんのテレビ・ラジオ出演(2018年6月)

2018年6月の島津亜矢さんのテレビ・ラジオ出演の予定・記録です。6/30 23:59:00 の日付・時刻で投稿しています。通常の記事はこの下にあります。

6/9(土) 19:00〜20:54 BS朝日「美空ひばり永遠の歌声〜私を支えたひばり歌〜」

6/10(日) 19:30〜20:59 BSプレミアム「新BS日本のうた」
『愛染かつらをもう一度』
スペシャルステージ(島津亜矢○、福田こうへい● 歌のワールドシリーズ)
[演歌の名曲]
○『人生の並木道』
https://youtu.be/Bh7HbQcsDMc
●『男傘』
[アンコ入りの名曲]
●『無法松の一生(度胸千両入り)』
○『津軽のふるさと(リンゴ追分入り)』
https://youtu.be/DmTzsfIC9A8
 この組み合わせは初めて聴きました。リンゴ追分入りというと普通「ひとり旅」ですよね。
[ふるさとの民謡]
●『南部牛追い唄』
○『五木の子守歌』
https://youtu.be/CRQkVpGq4Aw
●『南部俵づみ唄』全員と一緒に
○『おてもやん』全員と一緒に
[セリフ入りドラマティック歌謡曲]
●『名月赤城山』
○『近松門左衛門原作「心中天網島」より「小春」』
https://youtu.be/Jv9pz8hlN0U
これは見事でした☆ たっぷり聴けてすごくよかったです。今日のメインじゃないかな。
[ラスト]
○●『マイウェイ』

6/21(木) 20:00〜23:07 TBS「UTAGE!夏のリクエスト祭り」
中島みゆきの『ファイト!』 w/ 松本明子、高橋愛、峯岸みなみ、山本彩
※若手の方々も、演奏はともかく、歌唱は良かったと思います。特にギターの人。
山下達郎の『Ride On Time』w/ 川畑 要(CHEMISTRY)
※これは見事。二人のバランスがよく取れてましたね☆ 亜矢さんが突然高い声で歌われたときはびっくりしました。
いきものがかりの『じょいふる』 w/ 柏木由紀
※油断して聞き逃しました、というか見逃してしまいました、ぴょんぴょんしたんですか……とほほ、残念。
※『UTAGE!夏のリクエスト祭り』で動画を検索してみることができました。楽しい歌ですね〜。お相手の方もよかったです。

6/24(日) 12:15〜13:00 NHK総合「のど自慢」
タグ:島津亜矢
posted by dunno at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2018年06月18日

渚ゆう子さんと千葉紘子さん

今、自宅のCDプレーヤーにはいっているのは「GOLDEN☆BEST 渚ゆう子」です。ここ数日ずっとかけています。だいぶ前に購入したCDです。この人の声がとても好きです。また若い時の渚ゆう子さんはとてもきれいなお姉さんでした(ぼくより10ぐらい上)。

購入時に知っていた曲は5、6曲だと思いますが、他の曲もとても良かったです。ヒットする前、ハワイアンも歌っておられたんですね。そういう曲もいいです(「早くキスして」)。

動画もみたくなりいくつか観たら、こっちもよかったのでメモ代わりにここにリンクを貼っておきます。

渚ゆう子 - 京都の恋


京都の恋/渚ゆう子(高音質)
https://youtu.be/ov5z6tU2RIg

京都慕情 - 渚ゆう子


京都慕情 Yuko Nagisa
https://youtu.be/jYqKccaUOgY

渚ゆう子「さいはて慕情」(1971年)


渚ゆう子リサイタル(3-7 早くキスして)1974 3m15sより
https://youtu.be/jPX1bsh_duo?t=3m15s
※上ではひとりで歌っておられますが、CDでは佐々木敢一さん(和田弘とマヒナスターズ)とのデュエットです。

同じリサイタルで、「早くキスして」に続けて歌われたメドレー(今日からひとり、さいはて慕情、長崎慕情、雨の日のブルース)です:
渚ゆう子リサイタル(3-8 メドレー)1974
https://youtu.be/LLP1g_2yWGA

「今日からひとり」もすきな曲です。

なお、このリサイタルの歌唱は以下からあれこれ聴くことができます。
https://www.youtube.com/channel/UCykTB94JLDIFGHnL8c3BUbw/videos


さて、渚ゆう子さんと顔は似てないんですが、美しい声とお姉さんらしい風貌で連想してしまうのが千葉紘子さん。「折鶴」、大好きでした。他の曲をあまり覚えていないんですが……いつかベストアルバムを買いたいです。この方の声もきれいです。

千葉紘子 / 折鶴

おお、いつまでも美しいですね〜。

昔の映像:
千葉紘子 ♪折鶴


音だけバージョン:
折鶴。千葉紘子さん。
https://youtu.be/hOjhiQRSl7g

※今朝、通勤時にふと「折鶴」の曲が頭に浮かんできて、歌手がだれだったかな……と考えても「千葉」しか思い出せませんでした。気になるので検索したら「紘子」でした。う〜む、そもそもこの「紘」って、見ながら書かないと字が書けません。この字を生まれてから一度も書いたことがない気がします。今、実際に書いてみたのでしばらくは覚えているかもしれません。糸へんの右側が「広」に似てますが違うんですね。
posted by dunno at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2018年06月15日

貧乏寺?! 仁平寺の和尚様

4月14日の朝、入院中だった母が亡くなりました。12月に誤嚥性肺炎で高熱が出たもののまた元気になってくれるものと思っていました。一時はかなり元気になり、食欲も若干回復しましたが、また次第に食欲がなくなり、別の病院に転院して一週間もたたないうちのことでした。あとで知ったのですが、誤嚥性肺炎というのはかなり厳しい病気なのですね。また、アルツハイマーというのは最後は食欲がなくなって死んでしまう病気なんですね。最初に入った病院の看護師さんが、ここまで元気になったのは奇蹟だとおっしゃっていたのを首をひねりながら聞いたのですが、やはりもう限界だったようです。いつもよく覗かせていただくブログにこんな記事があったのを昔読んだのですが、自分の親の危機が迫っていた時にはすっかり忘れていました。

母の老衰死〜最後の3ヶ月の記録
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/3-4817.html

最初の病院にいたときに、かなり長い間点滴を一日2袋やってもらっていて、水ぶくれがあちこちに出始めてからは1つに減らしてもらっていました。もう点滴のできる場所がなくなりそうだとは看護士さんからうかがっていました。転院してからは点滴はされなくなりました。一時は、自分の口で食べることもできて、本人も「おいしい」と言っていたのですが、すぐにまた食べなくなってしまったそうです。容態が悪くなったと連絡があった13日の金曜日(!)にぼくは新幹線で岡山から山口に、妹は下関から山口に車で駆けつけました。妻は車で追いかけるようにして山口に来てくれました。こんなことを書くと不快に思われる方もあるかもしれませんが、ぼくも妹も母に対しては色々思うことがあって、病院の方は「ご家族の泊まれる部屋がありますよ」と言ってくださいましたが夜の8時くらいまで付き添って、その晩は引き上げました。結局朝7時前に病院から母の容態が悪くなったと連絡をいただき駆けつけましたがましたが、死に目にはほんの少しの差で会えませんでした。

葬儀に関してはあらかじめもう決めているところがあったので、すぐに連絡、そして朝早かったですがお寺(山口駅近くの永福寺さま)にも連絡して、土日で通夜と葬儀をすませることになりました。

実はお寺のご住職(11年前の父の葬儀、その後の法事で本当に色々お世話になりました)が昨年の夏に亡くなられていて、今回の通夜や葬儀はよそのお寺のお坊様が替わりを勤めて下さることになったんです。それが仁平寺さんなんです。うちのお寺の方から仁平寺さんに連絡がいって、葬儀場まで打ち合わせに来て下さいました。まだ若いお坊様でした。二人の子どもたちとその家族だけでこぢんまりとやりたいとお願いし、父の戒名の説明をしてそれに釣り合うようなものをお願いしました。すると夕方までにいい戒名を考えて下さり、妹も僕もとてもそれが嬉しかったです。

翌日の葬儀では、母が仏になるのを助けるためには、家族がしっかり大きな声でお経をあげることが大切だと話して下さり、皆で大きな声で(妹は途中から泣いてしまいあまり大きな声ではなかったですが)お経をあげました。今まで出た葬儀でそんなに参列者がお経を上げるのを見たのは、創価学会員だった伯母(母の一番上のお兄さんのお連れ合い〜)の葬儀のときだけだったと思います。とてもいいお葬式だったと思います。

昼間の打ち合わせの時に、一週間ごとの二七日・三七日・……はどうされますか、と仁平寺さんに訊かれたので土曜日なら来れると思ったのですが、よく聞いてみると、土曜日に亡くなった場合は金曜日がその日にあたるんだそうですね……それでは仕事があるから無理ですと答えますと、自分の方でお経をあげることはできますがどうしましょうかと訊かれたので、自分たちが行けないのならそれはしていただかなくていいですと、答えてしました。あとで、悪かったな……と思ったのですが、そのことについてはまた後で書きます。とりあえず、本当の七七日=四十九日は平日で無理なのでその前の5月29日に四十九日をすることだけ決めて、永福寺に連絡し、お寺で四十九日をするように手配をしました。

四十九日のあとの食事には来ていただけないかと思っていましたが、思いがけず、来て下さるとのお返事を仁平寺さんからいただき楽しみにしておりました。

ところで11年前に亡くなった父は山口市の市営墓地に埋葬していたのですが、規約では山口市内に住む管理者を指定しなくてはいけないことになっているんです。母が生きていた時は母が管理者だったのですが、母がなくなってしまうと、山口市内に家族や親戚はだれもいなくなってしまいました。父母はおそらく、ぼくが山口市内に住んでくれるようになることを期待していたのでしょう。すみません、山口は退屈すぎて住む気になれません。もちろん、ぼくの同級生はたくさんいますが、いくらなんでも墓の管理者は頼めません。墓をどうするかということは以前から困っていたのですが、妹が、永福寺さんで永代供養ということで納骨堂に入れて貰おうと提案してくれて、幸い、空きがありましたのでその手配もして、墓じまいをすることになりました。

ともかく市役所に行ってその手続きをしなければばなりません。平日で行ける日……ということで5月1日に山口市役所にでかけました。山口駅からまっすぐ歩くと市役所があるんですが、歩いていると目の前のお店からひとりの托鉢僧が出てきて、せわしなく道を横切り反対側に渡られたんです。どうみても仁平寺の和尚様。あれっと思った時にはもう道の反対側に行っておられたので声を掛けられませんでした。お忙しいということは伺っていましたが、本当に忙しそうでした。

色々手続きも順調に進み、5月19日(四十九日の一週間前)にお墓から骨壺を取り出してお寺に届けることになりました。仁平寺さんのご都合のいい時間に合わせて待ち合わせして一緒に墓地に行き、墓を片付けて下さる石屋さんもその時に来て下さりました。前日は大荒れの天気でしたがこの日は午後から晴れて最高の日和でした。

四十九日の日もよい天気でした。法要では葬儀の時と同じように、皆で大きな声でお経を読みました(妹はやっぱり途中で泣いていました〜本当に泣き虫です)。そのあと、仁平寺さんがとても大胆なお話をしてくださいました。最初に、自分の話が不愉快だと思ったら、黙って手を上げて欲しい、そうしたらその話はやめるから……とおっしゃるんです。いや、確かにぎょっとするようなことを言われました(笑)。そういうことを最初に言われるのにはわけがあって、以前、話の途中で参列の方が怒り出して、話を止めるようにいわれたことがあるんだそうです。まあ、そのあとの話もあるのですが、ネタをばらしてしまってはいけないのでどういうことを話されたのかはここには書かないことにします。ぜひ直接仁平寺さんのお話を聞いてみてください。寺は曹洞宗なのですが、曹洞宗には修証義(しゅしょうぎ)というお経があります。開祖の道元の『正法眼蔵』などから色々抜き出して、明治時代につくられたものだそうです。その内容に関するお話でした。

その後、父と母の骨壺を納骨堂におさめて、3台の車に別れて食事の場所に移動し、仁平寺さまと一緒に食事をしました。どいういう話の流れだったのかよく思い出せませんが、仁平寺さまがTBSの『Nスタ』という番組に出演されたという話をされました。それに関する番組のページはもうなくなっているのですが、それを紹介しているサイトがありますのでリンクしておきます。

「お坊さんの本当のお仕事は布教です」H30.2.1
http://kouanji.jp/sub1263.htm
「清貧寺 極貧寺のお坊さん 宗教法人法をご存知ですか?」H30.2.3
http://kouanji.jp/sub1264.htm

テレビ番組で「貧乏寺」を色々紹介しているんだそうです。で、仁平寺さんも紹介されたんだそうです。
仁平寺の和尚様(田中大道とおっしゃいます)。
こちらにお写真が載っています。(いたずらっぽい眼をしておられるでしょ?)
TVでは2つの極貧寺を取り扱ってました。
一つは曹洞宗のお寺です。
元ネタは月間住職ですね。
TVでも月刊住職の矢澤編集長が監修されてました。
引用元は「“清貧” お寺のオカネ事情 月収10万円以下!?家族4人」「極貧寺 “生き仏”の暮らし 月収6万円…全部分けちゃう」です。


元教師で、家族4人で月収10万円以下のお寺を取材。
やってきたのは山口市にある曹洞宗・仁平寺。
住職の男性は17年前に高校教師をやめて住職になり、10年前に結婚し2人の子どもを授かった。
月収10万円について、男性はウソではない等と話した。
そのからくりに密着した。
午前10時に住職は付き合いの古いお宅でお経をあげるのが日課。
お経をあげたときのお布施は無いことは珍しくないという。
お寺の収入は葬儀と法事などでそれ以外はないという。
これでは家族4人は支えられないので山口市内のアーケード街に行き読経してお布施をもらう。
これは托鉢という修業で、この日は約1時間行い2,500円のお布施を得た。
これによって檀家以外からの葬式などの依頼が増えたという。
他にも夜は座禅会で月収を2万円アップ。

「托鉢という修業で、この日は約1時間行い2,500円のお布施」、毎日できるわけではありませんから、この2,500円は寺の経営にはほとんどプラスになりません。
「山口市内のアーケード街に行き」、このための車のガソリン代等の経費がかかります。
「これによって檀家以外からの葬式などの依頼が増えた」、これが最大のプラスです。
そしてお坊さん本来のお仕事の布教になっています(^∀^)

「夜は座禅会で月収を2万円アップ」、これはそのまま受け取ると失敗になります。
単純な座禅会で布教は非常に難しいのです。
10年以上継続されて成果をあげているお寺は非常に工夫をされています。


もともと大学卒業後、色んな仕事をされて、最終的には高校の講師をしておられたんだそうです。それが、僧侶になりたいと思われて、最初は長野のあるお寺に入門して修行をされたのだそうです。ですが、もてあまされて(笑)、永平寺に行きなさい……ということで永平寺で修行を積まれました。そうしているとあの寺はどうか、この寺はどうか、という話が来るんだそうです。お寺も次ぐ人がいなくて困っているのですね。寺の娘と結婚して寺を継ぐという話はいっぱいあるんだそうです。東京都下でそういういい話があったのだそうですが、檀家数も多いので、その付き合いはどうしてもはでになります。週何回も銀座に出るようになるんだそうです。車も国産車じゃだめ。外車に乗るのが当然というお寺なのです。永平寺での師匠にあたる方が、おまえはそれでいいのか? と言ってくださり、それは自分の望む望むところではないと考えられて何を思ったか、誰も引き受け手の無い山口の田舎の小さい寺を引き受けることになったのだそうです。檀家の数がすくないのであまり仕事がありません。その月の収入予定が3万円程度しかないことも多いそうです。それでも托鉢などをがんばってなんとか小さい子ども二人の4人家族がなんとか暮らしていけているとのことでした。

実はぼくも、小学校6年の頃、釈迦の伝記を読んでお坊さんになりたいなと思っていたことがありました。中1の夏休みに、母の実家に行った時も仏教関係の雑誌を持っていってそれを読んでいたら、創価学会の伯父さんがそれを見て「こんな本もあるよ」と行ってそっち系の本を何冊か見せてくれたことがあります。この伯父は軍属として中国(満州?)に行っていましたが、敗戦でシベリアに何年も抑留され最後の帰国便で帰ってきたそうで、色々な思いがあったのでしょう、創価学会に入って熱心に信心しておられました。とても穏やかで優しいおじさんでした。おばさんのことは子供心にも綺麗な人だと思っていましたが、昨年亡くなられました。そのあと母が亡くなって、母のきょうだい6人、その連れ合い、みな亡くなってしまいました。母のすぐ上のお姉さんはずっと独身で、実家で内職をしておられました(印刷された割り箸の袋用の紙にのり付けして袋を作り、それに割り箸をいれ、それをさらに十何本かまとめて袋にまとめる)。そのおばさんとぼくの祖母は猫が好きでとてもかわいがっていました。おばさんは母の実家にいない時もあって、どうしたんだろう……と不思議に思ったこともありますが、なにか訊いてはいけないような雰囲気を感じていたので、一度も訊けませんでした。色んなことはぼくも想像していましたが、あるとき、父方の親戚のところで、「あのきちがいのおばさんはどうしてる?」と訊かれたことがあって、ああ、やっぱりそうなのか……と思いました。このおばさんには映画に連れて行って貰ったことがあります。まだ小学校の低学年の頃だと思います。映画の題はわかりませんが、内容は四谷怪談で、お岩さんが出てくるところでは怖くて前の座席の陰に頭を隠したのを覚えています。まだ母の頭がしっかりしている時に、おばさんのことを訊いたことが一度だけあります。なんでも、裸になって通りを走り回ったこともあったんだそうです。でもぼくの覚えているおばさんは物静かな優しいおばさんです。母は父方の親戚のところでは色んなことで肩身が狭かったのでしょうか。父は仕事に忙しくて実家に帰ることはなかったので、母がぼくと妹を連れて帰省することがほとんどでしたが、父方の祖父の前で母が泣いていたのを覚えています。

話を現在に戻しましょう。

永福寺の亡くなったご住職の息子さんはまだ若いので修行中。今年の暮れには永福寺に戻ってこられると聞いていましたので、こんどの初盆ではまた仁平寺さんのお世話になるものと思っていましたが、夏だけは息子さんが戻ってこられるとのことで、仁平寺さんのお世話になるのは今回で終わりになりそうです。「一期一会ですね」とおっしゃっていました。永福寺の先代の和尚様もとてもいい方で、インドで勉強したときのお話もうかがったことがあります。仁平寺さんはどちらかというとちょっと奇人・変人(いい意味で使っています)。出会えてよかったな〜と思います。

そんな貧乏寺ならもっとお布施をあげればよかった……七日ごとにお経を上げて貰えばよかったと今では思いますが、最後の最後にそんな事情を聞いたのでちょっと手遅れでした。もしこれを読んでおられる方の中に山口方面の方がおられましたら、ぜひ仁平寺さんのお話を聞いてみてくださいね。
posted by dunno at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出

2018年06月13日

ターンレフト・ターンライト

『星空』の記事を書いているうちに同じ原作者(ジミー)の別の本をもとにした映画『レフトターン・ライトターン』を観たくなってしまったので、昨夜、DVDで見直しました。面白かった記憶はあるのですが、かなり忘れていたので二度目でも楽しめました。特にあっと驚くラストはかなり最後まで思い出さなかったのがラッキーでした。
としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか

中島みゆき「傾斜」:
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/post-e71f.html

余計なことを書いているうちに(歌詞がうろ覚えだったので正確なのを調べたりリンクを調べたりしてけっこう時間がかかったんです)なにを書こうと思っていたのかわからなくなってしまいました。話を映画に戻しましょう。

『ターンレフト・ターンライト』についてはWikipediaの日本語記事をご覧ください。
英語版Wikipediaの記事: https://en.wikipedia.org/wiki/Turn_Left,_Turn_Right
IMDb記事: https://www.imdb.com/title/tt0367174/
(評は真っ二つに分かれてますね〜)

監督はジョニー・トーとワイ・カーファイの黄金コンビ。ロマンティック・コメディでは『Needing You』『ダイエット・ラブ』『我左眼見到鬼』『百年好合』そしてこの作品(原題:向左走・向右走)はDVD(香港版)を買いました。一番何度も見返しているのは『ダイエット・ラブ』『我左眼見到鬼』。どっちもサミー・チェンが出ていて、無茶苦茶泣けました。いいですよ〜。

この映画は雨の日の交差点で横断歩道を渡ろうとする人たちの中にいる主人公二人を描くところから始まります。たくさんの人がいますが、主人公はすぐにわかります。男は緑の、女は赤の傘をさしていて、他の人の傘はみんな黒で、すごく目立つんです(笑)。面白い導入だと思います。こちらをご覧ください:

https://youtu.be/8toU9_xiKLw?t=26s

ネタをばらしてしまうと、実はこの二人は中学校の時キャンプ合宿で出会ってお互いに好意を抱いたのですがなかなか言葉をかわすことができなかったんです。解散となってもうお別れというギリギリのときに女の子の方が勇気を出して男の子に電話番号を教えてもらうんですが、そのメモを荷物ごと電車に忘れてしまい連絡がとれなくなったのでした。お互いに名前も知らず、わかっているのが学番だけ……。

この女の子は大人になっても粗忽ものなんですが、演じているのがジジ・リョンなので、ちょっと無理があるかもしれません。サミー・チェンの方がコメディに向いてます。

二人は今は大人になっていて、アパートの、壁を隔てた隣に住んでいるんですが、使う階段や出口が違う(大家さんも違います)し、なぜか色んな事情で道でも出くわさないので、そのことを知りません。

ですが、ある日公園の噴水のそばで、二人は奇跡的にであい、話をしているうちにお互いの初恋の人だとわかるんです。楽しい時間を過ごしますが生憎の雨。雨宿りしようとしたところに二人の大家さんたちがデート中! 家賃を滞納していて大家さんに見つかってしまったと思った二人は、慌てて電話番号をメモ用紙に書いて交換し、雨の中を右と左に別れて逃げていきます。そのメモが雨でにじんで読めなくなってしまい、二人はまた連絡がとれなくなってしまうのでした。二人は再会することができるのでしょうか……

という予備知識のもとに、次の予告編をどうぞご覧ください。
https://youtu.be/H0rI8kddOfk

公園でのシーンがもっと入った動画もあります。
https://youtu.be/gFYHzNxDsvE

このあと、新しいキャラクターが二人出てきてドタバタ喜劇がはじまります。食堂の女の子、好きですね〜。
二人は本当に最後まですれ違いが続くのですが、あっと驚く信じられない奇蹟がおこって二人は会うことができます。気になる人は下の動画をご覧ください。映画の最後の10分ちょっとが観れます。
https://youtu.be/oz5MXAOpLf8

原作の絵本を動画にしたものもありました。長いですから興味のある方だけご覧ください。
向左走向右走 - 几米
https://youtu.be/O75fm4FefJA
Turn Left, Turn Right
https://youtu.be/VNJJK_Y32j4

家にあるDVDを探していたら、一瞬、この映画のDVDが二枚あるのか!と思ってしまったのがこのタイトルの作品でした:
『永遠の片想い(英題:Lovers' Concerto)』
なんでかというと、ぼくのもっているのは香港版で、タイトルがなんと『向左愛・向右愛』なんです。『向左走・向右走』とそっくりでしょ。
http://movie.mtime.com/12228/posters_and_images/cover/hot.html
『猟奇的な彼女』のチャ・テヒョンと二人の女優イ・ウンジュ(大好きだったのですが、自殺で亡くなりました……ショックでした)とソン・イェジン3人の話です。今夜はこっちを観るつもりです。
posted by dunno at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2018年06月12日

高層ビル建設現場のタワークレーン

柳川交差点に建設中だった高層ビルの工事がもうほとんど終わったように見えます。今は内装工事中なのでしょうね。

高層ビルの建築と言えば目に付くのがタワークレーン。ビルが高くなるにつれてこれもだんだん上がっていくんですが、一体どうなってるんだろう……って不思議に思いますよね。そしてビルができた後、あのでっかいタワークレーンをどうやって下におろすのか……これもほんとに謎ですよね。これって時々話題になっていたりするので、紙の上……じゃなくて画面上の……知識としては見たことがあるのですが、今回の現場を毎朝・毎晩眺めていて。解体作業自体は昼間ですので目撃できませんでしたが、日々変わって行く姿をカメラで撮ることができました。

まず謎の解答のあるサイトを二つリンクしておきます(亡くなるかもしれないので念のため)

●解決!タワークレーンの謎|タワークレーン特設サイト:大林組
https://www.obayashi.co.jp/towercrane/
●タワークレーンクライミング方法・組立解体の手順を写真画像で謎解く
https://tobisyoku.net/tower.htm

すごいですよね〜。

では写真をどうぞ。

2018cranes01.jpg
大きなクレーンの左に中型クレーンが作られました。

2018cranes02.jpg
中型で大型を解体してしまいました。まだ台の部分は残っています。

2018cranes03.jpg
台が小さくなりました。

2018cranes04.jpg
台もなくなりました。

2018cranes05.jpg
中型の左に小型のクレーンが出来ていました。

2018cranes06.jpg
小型のクレーンが中型を解体しました。解体したパーツは左側におろされたそうです。

2018cranes07.jpg
小型クレーンも無くなってしまいました。

ずっと毎日見ていたクレーンがなくなってしまって、心の中にぽっかり穴が開いたようなさみしい気持ちになっています。まあ、時が癒してくれるでしょう(笑)。
posted by dunno at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡山

梶浦徳雄展@アンクル岩根のギャラリー、そして階段の作品たち

6月10日(日)、メルパで『孤狼の血』を観た後、中山下の「アンクル岩根のギャラリー」で梶浦徳雄展を観てきました。岩根さんのfacebook記事に写真が載っていてとても興味をひかれたからです。まずは会場でいただいた案内はがきをご覧ください:
iwane201806_03.jpg

白い立方体のオブジェ群です。中が空洞になっているものもあれば、ずっしりと中身が詰まっていてそこに切り込みができているものなどさまざま。で、特徴は階段があること。これですよ、これ。「階段」☆ 階段ってかなり具体的なものなので、どうしてもそれを登る人間をそこにみてしまったり、自分自身が小人になってその階段を登る(もしくは降りる)ところを想像してしまいます。これ、すごくいいんですけれど、値段が……(^^; 一辺が20センチぐらいあるので、かなり存在感があります。

新聞記事によると15センチって書いてありますね〜。印象としてはもっと大きかったんですが。
2018kajiura_iwane.jpg

古関さんの記事でも書いた2015年12月に開催された展覧会『祈り』@アンクル岩根のギャラリーでも素晴らしい階段の作品を観ました。そのときの記事の方をご覧ください。
http://flim-flam.sblo.jp/article/170718780.html

そして階段と言えば当然書かなければいけないのが岡山のガラス作家・岡田多恵さんの階段のある作品群です。2種類あって、街並みの中に階段があるもの。そして、ガラスの塊の中に階段が「空間」として作られているもの。どちらもそれぞれの魅力があります。たくさん記事を書いていますが、例えば以下のものの写真をご覧ください:
岡田多恵さんの『階段』(2012.11.21)
http://flim-flam.sblo.jp/article/60209675.html
岡田多恵さんの『階段の塔』(2011.11.20)
http://flim-flam.sblo.jp/article/50705320.html
岡田多恵さんの作品・写真追加(2010.4.27)
http://flim-flam.sblo.jp/article/37416951.html
岡田多恵さんのガラス作品(2010.4.26)
http://flim-flam.sblo.jp/article/37391367.html

タグ:岡田多恵
posted by dunno at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | アート

舞踏を語る、舞踏から語る

この間の禁酒會舘マンスリーライブの受付で「舞踏を語る、舞踏から語る」というイベントのチラシを貰いました。場所は禁酒會舘2階ホール、日時は6月8日夜7時。メインは「古関すまこ×鐸木道剛」のトーク。それだけじゃなくてゲストには人形作家の宮ア郁子さん。舞踏家の古関すまこさんの「フランス舞踏日記 1977--2017」という本の出版記念だそうです。鐸木さんはイコンの研究家なので舞踏とどういう関係なんだろうと不思議に思いました、ですが、宮崎さんつながりなのかな、と思いました。

以前、アンクル岩根さんのギャラリーでイコン作家の白石孝子さんと備前焼の伊勢崎晃一朗さんの二人展「祈り」のときに、白石さんと鐸木さんのトークがあって、白石さんにイコンを習ったことのある宮ア郁子さんもきておられたから、そっちのつながりかな……と思ったんです。

ぼく自身が初めて観た舞踏は1973年日本青年館で上演された「陽物神譚」でした。この年状況劇場にはまって、伝説の怪優・麿赤兒を観たかったのです。ダイナミックでどぎもを抜かれる場面もありました。天井にしかけてあった大きな四角い2枚の長方形が突然下に開いた時には驚きました。ただ休憩を2回挟んで3時間というのはさすがに長かったです。何度か寝ました。74年には多摩川の河川敷で上演予定だった「皇大睾丸」のチケットを買っていましたが、台風でキャンセルになってしまいました。実は前日、家にじっとしておれなくてその場所まで行っていたんですが、この日のチケットを持っているわけではなかったので遠慮して遠くから眺めていました。当日券でも買って観ておけばよかったのに。それから1973年か、74年か覚えていませんが、アスベスト館での女性たちの舞踏を観に行きました。名前も毒々しいのでどんなところかと思って入ったら、こぎれいな稽古場で、壁にはバレエ教室にあるようなバーがついていて「なんだ、舞踏でも、こういう稽古場で普通に練習するんだ☆」と思ったのを覚えています。もっともっと怪しいところを想像していました。だって、青年誌かなんかに、大駱駝館にはいったら男でも女でも自分の局部を見せなければいけない……なんて書いてあったんですから。今思えば別にどうってことはないような気がするんですが、まだ19歳・20歳ぐらいだったころですから、無茶苦茶すごい人たちだと思いました。まあ、今はただ年をとって羞恥心がなくなっているからでしょうか(笑)。そのあとというと、禁酒會舘中庭でみた田中泯さんの舞踏ぐらいです。やはりぼくには芝居の方がしっくりきたんだと思います。

古関さんは3月に、宮崎さんの人形(エゴン・シーレ)を使って舞踏の公演をされたんだそうです。で、その公演を鐸木さんがご覧になって感動されて書かれた感想を、古関さんが読んで感激し、今回のトークに繋がったのだそうです。ぼくはその公演のことは宮崎さんのfacebookでの記事で見かけたのですが、花吹雪に忙しくて観に行けませんでした。

開場にはプロジェクターも用意されていて、古関さんの踊りの古い映像、もう少し新しい映像、3月の公演の映像などが映し出されました。面白いですね〜。すごくいい☆ 次の公演にはぜひ出かけたいです。
素顔のご本人も面白くてチャーミングな方。人を引きつける力があります。

ぼくは大体体を動かすことがとっても苦手。ですので踊れる人って、本当に素晴らしいなと思います。花吹雪にはまるまで踊りにそんなにはまるとは思っていませんでしたが、踊りっていいもんだと今は思います。いつか広島のデパートでフラダンス教室の発表会を観た時には観ていて自然に涙が出てきて自分でもびっくりしました。それはゆっくりした動きで愛情を伝える踊りだったんです。それは別にぼくに向けられたものじゃなくて、客性にいたお連れ合いやお子さんへ向けられたんだと思うんですけどね。ほんとによかった☆

舞踏では、心を無にする(無我夢中になるくらい集中するということだそうです)ことが大切だとか、きっとそうなんだろうな……と思われるようなことが色々語られました。また宮崎さんがゲストということで、人形と舞踏の関係についても語られました。

※古関さんのことを紹介している新聞記事です:
koseki_sanyo201806.jpg
posted by dunno at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇