2019年05月13日

二人で大阪へ

26日にはひとりで大阪に遊びに行きましたが、翌4月27日(日)は連れ合いと二人で出かけました。メインの目的は唐組の芝居『ジャガーの眼』を観ること。整理券発行が2時ですので12時より前に現地に着いた方がいいかな……と、手頃な新幹線を予約して出かけました。順調に乗り換えて、天満橋駅でしっかりトイレに行き、天神橋を渡って紅テントを見下ろしていたとき、重大なミスに気づきました。

唐組の整理券は二種類あるんです。前売りおよび電話予約の番号と、当日券の番号のです。当日券の人は前売り・電話予約の人のあとになるんです。で、実は大阪公演のお知らせハガキというのがあって、それをもって行けば、前売り券を持っていなくても、そして、電話予約していなくても、前売り扱いになるんです。ぼくはいつもそのハガキで観に来ているんです。観る日をぎりぎりまで自由に変えられるので。

ところが、その大事なハガキを食卓の上に出したまま、袋に入れるのをすっかり忘れていたことに気づいたんです。が〜ん。当日扱いでは並ぶ意味もありません。11時40分頃でしょうか。岡山まで戻って撮ってくるわけにもいきません。ともかくテントのそばの、ポスターが置いてあるところまで行き、並ぶことにしました。でも、誰も並んでいません、どうしようか……とそのポスターを眺めていたら、大阪公演の世話をしている Trash2というところの電話番号が書いてあるではありませんか☆ ダメモトでその番号に電話して、事情を話すと、あっさりと、まだ電話予約を受け付けてくださいました。二人分。いやあ、ほっとしました。嬉しかったです。

ほっとしたので、ランチ用に持ってきていたパンを食べ、飲み物を飲んで、腹ごしらえをしました。次の方が来られたのは12時半近くだったでしょうか。ちょっと早く来すぎてしまいました。

ポスターや紅テント
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そういえば4月13日の朝刊に唐組のことが新聞に載っていて、なかなか苦しい状況だと書いてありました。
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唐組の将来が不安ですが、大阪に来てくれる限り、毎年観に行きます。

2時頃にはずいぶん整理券の列も長くなってほっとしました。1番2番の整理券を貰いました。1番は久しぶり。最前列で見れます。

実はこの日、唐の芝居よりももっと楽しみにしていたことがあったんです。それは、このブログでも何度もリンクしてきた tunehikoさんご本人と初めて会えることになっていたんです。

tunehikoさんの恋ずる経済
https://koisuru21.blog.fc2.com

tunehikoさんのブログのことを初めて書いたのは2015年8月18日の次の記事です:
島津亜矢「悠悠〜阿久悠さんに褒められたくて〜」
http://flim-flam.sblo.jp/article/161791430.html

島津亜矢さんの記事を探していて「恋ずる経済」に出会いました。
現時点で亜矢さんに関する記事が284本!!! すごいです。そして、そのどれもがとても読ませる文章ばかり。いっぺんに tunehiko さんのファンになってしまいました。もうほとんど「恋している」状態です。びっくりしたのはそれだけではありません。なんと唐十郎に関する記事を14本も書いておられるのです。亜矢さん関係の記事の本数と比べると少ないですが、こちらもとても引きつけられる内容の記事ばかり。しかも、大阪の方で、大阪公演を毎年のように見に来ておられる……ということは、大阪公演は大体3日間しかありませんので、偶然、同じ日に同じテントで唐組の芝居を観ておられたのかもしれないんです。ひょっとしたら隣の席で観たかもしれません。

恋しさがつのり、メールを出して、交友がはじまりました。嬉しかったです。でも、今まで同じ日に唐組の公演を観たことは一度もありませんでした。今回は運良く、tunehikoさんが観に来られる3日目にぼくたちも来ることが出来て本当に嬉しかったです。

tunehikoさんは、テントのそばで3時に待ち合わせる約束でしたので、それまでの1時間、連れ合いを八軒家裏の階段(上町台地の北端) に連れて行きました。

土佐堀通りには、永田屋昆布本店の前に「八軒家船着場跡碑」があります。

昨年の探訪記事「上町台地の北端」
http://flim-flam.sblo.jp/article/183170733.html

碑を確認後、少し西の階段で上の公園まで上がりました。まず、向かったのは、上がってすぐ左にあるはずの聖ハリストス協会のあった場所。下の写真に「三橋楼跡」として説明されています。「三橋楼」というのは料亭で、その名前はそこから難波橋・天神橋・天満橋がよく見えたところからつけられたと書いてあります。のちにここが日本ハリストス正教会の所有となり、ビザンチン様式の聖堂が建てられました。美しかったでしょうね。残念なことに、昭和20年、空襲で焼けてしまい、別のところに移りました。

関連記事「大阪ハリストス正教会」
http://flim-flam.sblo.jp/article/184351376.html

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写真を撮っていたら、自転車に乗った男性が声をかけてくださいました。「教会は今は吹田にあるんですよ〜」などと教えてくださいました。けっこう詳しい方。普通の人はそんなこと知らないと思います。どういう方かは聞きそびれましたが、声をかけてくださってとても嬉しかったです。

三橋楼跡のマンションの隣に駐車場があって、そこから絶壁の下を見下ろすことが出来ました。
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そのあと、八軒家のビルの休憩場で休んで、3時近くなってから、紅テントに向かいました。
天神橋の上から、もうそれらしい方が立っておられるのが見えたので、ツレは置いておいて、走って駆けつけました。やはりその方が tunehiko さんでした。写真と同じ☆ 当たり前ですか。一緒に地元で活動しておられる仲間の女性もおられました。こちらもツレと二人でしたのでちょうどいい感じ。ご挨拶のあと、すでにいいお店を予約しているから……と天満宮方面に移動。「にこ」という居酒屋でテーブルを囲み、亜矢ちゃんの話、唐十郎の話、そして、tunehikoさんのお好きな寺山修司の話(今回の芝居は彼のことを追悼した作品なんだそうです)、自分たちの話……など楽しく3時間ほどおしゃべりしました。ついビールも飲み過ぎてしまいました。ぼくは幕と幕の間にトイレに行くことは普通ないんですけれど、今回だけはテントから出てトイレに行きました。

芝居のことは別記事に書きますが、唐の作品としてはシンプルな方ではなかったかと思います。

芝居が終わったあと、ぼくたちは新幹線の時刻が迫っていたので、握手をして、ダッシュで新大阪を目指しました。お会いできて本当に嬉しかったです。先ほども書きましたが、想像していたとおりの素敵な方でした。

そうそう、ただひとつだけ違いがありました。ぼくの想像の中で tunehiko さんは標準語でしゃべっておられたんですが、ご本人は大阪弁(関西弁)をしゃべっておられました。そりゃあそうでしょうね。

恥ずかしいのですが、tunehikoさんがこのときのことをブログに書いてくださっているのでリンクいたします。

『Yさんとわたしの出会いは、「手術台の上のミシンとこうもり傘との出会い」・島津亜矢と唐十郎』
https://koisuru21.blog.fc2.com/blog-entry-890.html



posted by dunno at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行