2017年01月18日

湯を沸かすほどの熱い愛

1月11日の夜、連れ合いが9時頃まで仕事ででかけるというので、夕食後イオンに『湯を沸かすほどの熱い愛』を観に行って来ました。

昨年、共通の知人を脳腫瘍で失った京都の「とんび」さんから「この映画を観て泣いた」と聞かされていたので追悼の意味でも観に行かなくては……と思っていましたが、やっと岡山でも観れるようになったのです。

公式サイト
http://atsui-ai.com/


キネマ旬報のベスト10では日本映画で7位、そして主演の宮沢りえさんが主演女優賞を獲っています。

公式サイトより:

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余命2ヶ月。
私には、死ぬまでにするべきことがある

銭湯「幸の湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔し銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘を育てていた。
そんなある日、突然、「余命わずか」という宣告を受ける。その日から彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。

□家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる
□気が優しすぎる娘を独り立ちさせる
□XXXXXXXXXX

その母の行動は……(以下略)
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父親はオダギリジョーが演じています。
「母と娘」との関係がメインのテーマでした。詳しくは書けませんが、かなり泣いてしまいました。

ただ、すごく人に薦めるか……というと微妙。理由が二つあります。まずひとつは宮沢りえさんの演じる主人公の行動で、これはどうなの? と思うところがいくつかあったことです。
●気を失うことがあるような体調なのに、レンタカーに子どもたちを乗せて旅をすること。これは危険すぎます。運転中になにかあったら、自分や車に乗っている人たちだけでなく、無関係の他人まで傷つけたり、ひょっとしたら命を奪ってしまうことになるかもしれないじゃないですか……。
●娘に命令しすぎる。娘さんはある技能を身につけているんですが、それは本人が覚えたくて学んだものではないんです。後になって、ああ、そういう理由だったんだと本人がわかって、本人も観客も泣く……という筋書きのためという感じ。子どもを信頼していないようにも見えます。自分に時間が残されていないと分かった時点で焦って物事を進めようとするからどうしても無理が生じます。大事なことは隠さず、もっと前に伝えておくべきだったと思います。
●ひとを叩きすぎる。
●ひとのアパートの前(出奔した夫が女と住んでいたアパートです)が汚れたまま立ち去ってしまったし、おまけにドアノブに「アレ」までかけていました。あのアパートにこの時点でどなたが住んでいたかわかりませんが、気づいたらいやな気がするんじゃないでしょうか。
●出奔していた夫が小さい女の子を連れて帰ります。その子の母親は自分の娘をオダギリジョーに預けていなくなってしまったんです。主人公はその子の前で(その子の母親のことを言ったわけではなくて、別の人のことなんですが)「失踪した母親から連絡がないということは、もう死んでいるのかもしれない」という意味のことをしゃべっちゃうんです。あまりにも無神経。

……年を取ってきて、細かいことにぐじぐじ文句つけてますね(失礼、すみません)。

理由の2つ目はラストです。タイトルにつながる終わり方ですが、なんだかあまり好きじゃなかったです……。そこって感動できるところでしょうか。ええっ! と引いてしまいました。

娘さんを演じた方がよかった。いっぱい泣かせてくれました。
それから、りりィさんがちらっと出ておられましたね。

「瞼の母」の要素もある映画でした。暮れに読み返したばかりだったので、ぎくっとしました。
posted by dunno at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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