2017年02月11日

はかた博物館

毎年1月上旬に福岡の研究集会に参加しています。

昨年「はかた博物館」の存在を知ったので、二日目の朝、ホテルを早めに出て、散歩してきました。

まず「はかた博物館」のことを説明しておきます。これは『南北2キロ東西1キロの旧博多部を世界最大の博物館に見立てて、二千年の歴史を その場で語る』『24時間オープン』『入場無料』という触れ込みなんですが、その種明かしは、路上に、その場所のことやゆかりの人物などの解説板が設置されているというものなんです。

公式サイトはこちら:
http://www.hakata8museum.com/

特に電柱歴史案内に力を入れているようです:
http://www.hakata8museum.com/2,000project/concept.html

↑このページから地図もダウンロー出来ます。タブレットにその地図を入れて、ホテルのあった中洲から、地図の10番に向かって歩きました。なにがあるかというと一行寺というお寺に杉山茂丸と夢野久作のお墓があるんです。

夢野久作は日本探偵小説(推理小説)三大奇書のひとつ『ドグラ・マグラ』で有名です。ちなみに他の2冊は『黒死館殺人事件』(小栗虫太郎)と『虚無への供物』(中井英夫)です。この中で一番面白かったのが『ドグラ・マグラ』、その次は『虚無への供物』。『黒死館〜』は読むのが苦痛なくらい退屈でした。

『ドグラ・マグラ』は夢野久作全集と文庫本の両方で持っています。今ならハヤカワのポケ・ミスでも読めるのかな。文庫本はアメリカにいたとき、すごく再読したくなって、ちょうど妻の大学時代の友人が3人遊びに来るというので、日本から買ってきてもらいました。表紙の絵があんまりだったので、買うのが恥ずかしかったと言われてしまいました。今、文庫は棚の奥で見つかりませんが、全集の方の写真を載せておきます。こっちの方が文庫よりグロテスクです。

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2冊ありますが、『ドグラ・マグラ』は右の方です。左は狩々博士(かりがり・ひろし)という人の書いた『ドグラ・マグラの夢〜覚醒する夢野久作』という本です。実は、買ってから40年以上経つのにまだ読み終えてません(笑)。著者は、プロの作家ではなく、京都の会社員だった人だそうです。

夢野久作の父親は杉山茂丸といって昔の右翼です。頭山満の玄洋社と近い関係にはありましたが、徒党を組むことを嫌い、「私はただひとり杉山という一個の人格を以て仕事をする」と言ったそうです。かっこいいじゃないですか。ただ、残念なことですが、茂丸は「日韓合邦」を目指した内田良平の活動の支援をしました。結局、日本政府による「韓国併合」に終わってしまったのは、彼らの本意ではなかったと信じたいです。杉山茂丸、夢野久作(杉山泰道)、その子どもたちのことを描いた『杉山家三代の軌跡〜夢野一族』(多田茂治)という本も、昨年偶然石山公園でのお祭りの露店で購入しました。

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高校生の頃すごく推理小説や古い探偵小説にはまっていたので、黒岩涙香の小説も江戸川乱歩による「翻訳」で読んだりしました。

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右の本がそれで、涙香の『死美人』です。ルコック探偵のお話。左は、最近買ってまだ読んでいない『涙香迷宮』(竹本健治)です。竹本健治は実は上の三大奇書に追加される「第四の奇書」と言われる『匣の中の失楽』というミステリーで有名です。これはちょっと苦手なタイプでした。『涙香迷宮』は評判がいいので期待しています(ただ読む時間がない……)。

『死美人』に挟まっていたのが下の伝票です。

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昭和46年7月18日の日付がありますから、高校三年生の夏ですね。当時、ツケで本を買っていました。父親の給料日に書店の人が請求書を持って父のところに行くわけです。で、帰宅すると、「どうして許可を得てから買わないのか!」ときつくきつく叱られるのが常でした。そうは言っても、欲しいときにはどうしても欲しくて、そして財布もたいてい空っぽだったのでツケで買ってたんです。毎回、叱られては、泣いて、「もうしません」と言っておきながら、毎月これを繰り返すという、とんでもないどら息子でした。実は、ツケで買っていたのは、お金がないからだけじゃなくて、この書店にすごくきれいな店員さんがいて、その人に名前を覚えて貰いたくて(苦笑)、ツケで買ってたんです。本当にきれいな人でした。今頃どうしておられるんでしょうね。

話がずいぶん散歩と離れてしまいました。

茂丸と久作のお墓の話にもっていかなくてはいけないんですが、茂丸とくれば上にも名前が出てきた玄洋社の頭山満のこともちらっと書いておきます。ずっと前に福岡に出張に来たときに頭山満のゆかりの場所を偶然見つけて写真を撮ったことがあります。短いですがメモを残しているので、もしよければそちらもどうぞ:
「頭山満のクスノキ」
http://surgery.matrix.jp/pics/etc2006/index.html#kusunoki

さて、いよいよ1月9日の朝に話を戻します。一行寺を目指して歩いて行きました。

……と、書いておきながら、写真はちょっと戻って、中洲のホテルの窓から撮った周りの様子と、空の写真です。

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下の写真は SPANKY・K SACRED BOXING HALL と書かれた黒い建物がちょっと面白かったので撮ったものです。
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検索するとアート展をやったりしてるんですけれど、ギャラリーなんでしょうか、ボクシングジムなんでしょうか。

検索して、オーナーの鬼塚さんのことがわかりました。元WBA世界スーパーフライ級王者だそうです。すごい!
プロフィール
https://www.kouenirai.com/profile/3921

1970年、福岡県北九州市に生まれる。10才の時に“世界一強い男”を目指し、ボクシングの世界チャンピオンを夢見るようになる。14才でボクシングジムに通うようになり、翌年には全国大会出場。高校在籍中、東京でプロテストに合格し九州から東京へ上京。20才で10RTKO勝ちで全日本チャンピオンとなる。月間MVP選手受賞。その後、WBA世界スーパーフライ級王者となり5度の防衛に成功。「SPANKY(スパンキー)K」という愛称でファンから慕われつつも、1994年、網膜剥離により引退。 その後、ロサンジェルスにて保父として幼稚園で働き、子どもとの触れあいから新たな人生の素晴らしさを再確認する。日本に帰国後は、人と共に成長できる空間をという想いから、福岡市に「SPANKY・K SACRED BOXING HALL」を開設。会長として指導にあたっている。現在、ボクシングという一つの枠にとらわれずファッションデザインから、バー経営など幅広く活動中。TBSボクシング番組では世界戦などの解説を務める。


ファイティングアート展の写真はこちら

そこを過ぎたところにもいい感じの古い家がありました。

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お店のようでしたが、まだ朝が早く、閉まっていました。あとからもう少し近づいて撮った写真がこれです。

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なんだか天気が怪しくなったり、また晴れたり……の不思議な空です。

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そうして、最初にみつけた「はかた博物館」がこれです。

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読めますでしょうか。「根付」のことが書いてあります。

そしてその斜め前に、目指す一行寺がありました。

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でも通り過ぎたところの電柱にもはかた博物館があるようなので、まずそれを観に行きました。

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寺の入り口から見ると「杉山家墓所」、反対側から見ると「白蓮の歌」が書いてありました。

内側から撮った一行寺の門です。

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杉山家の墓所は門のすぐそばにありました。

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外から見ると、墓石が少しだけ見えています。

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下は本堂の前のお地蔵さま。

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大きい道まで戻る途中、面白いお店があったので写真に撮りました。

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博多って見るところがいっぱいありますね〜。
posted by dunno at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行
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