2017年07月16日

ハクソー・リッジ

7月9日(日)、イオンシネマ岡山で『ハクソー・リッジ』を観ました。

公式サイト
http://hacksawridge.jp/


とても信心深いキリスト教徒が武器を持たずに沖縄の戦場に行く話です(第二次世界大戦末期です)。でも銃を持たないことには別のある理由があったのでした……、と書いた段階でもうネタばれかも、すみません。

まあ、ともかく戦争のシーンの悲惨なこと! 観ているだけで、疲れ果てました。日米の沖縄戦っていうと、米軍の兵士が火炎放射器をもって塹壕や洞穴の日本兵や民間人を焼き殺すイメージがすごく強いのですが、兵士対兵士でぶつかりあうときは、米軍も大きな被害を受けたのですね。圧倒的に米軍の力が強かったはずですが、そう簡単に沖縄は陥落しなかったんです。

多くの日本兵が戦闘で傷ついたもののまだ生きている米兵を探している中で、必死で負傷した米兵を救おうとする主人公には驚きました。胸ポケットの聖書の力を信じていたのでしょうか。自分が宗教心を持っていないので、主人公のような敬虔なクリスチャンの気持ちは想像を絶します。それとも、やはりそれは国全体が戦争に向けて心をひとつにしている状況の中で銃を持たないでいることのプレッシャーだったのでしょうか。

若者たちにとって兵役を志願することは当然という空気の時代でした。「空気」というのは日本だけではないんですね。志願したものの検査で不合格になった若者が何人も自殺したというエピソードも映画の中で語られました。主人公は国が戦争をすること自体に反対したわけではありません。自分が人を殺すための武器を使うことを拒否したんです。だから戦争には志願して行くわけです。彼の扱いに困った上官は除隊させようとするのですが、彼はそれを断じて拒否します。そういう意味でこの映画は戦争に対してあからさまに批判する声をあげているわけではないですが、兵隊にいかなければならないような空気や、戦争の現場の悲惨さは十二分(いやそれ以上)に描いていました。

主人公は二回目の戦闘で自分自身が負傷してしまい本国に送還になりますが、その後もPTSDで苦しんだそうです。

詳しいことは書きませんが、お父さんの戦争体験がこの話に深く関わってくることは最初あたりから暗示しています。父と子との関係はひとつの見所です。

それにしても疲れる映画でした。そうだろうと思ったのであまり観たくはなかったのですが、映画を語る会のサブの課題作なので頑張って観に行きました。

『マン・ダウン』も反戦映画でしたがあれは最後に泣かせるのでなんかしんどさが消えていきましたので、何度でも観ることができました。『ハクソー・リッジ』はリアルでしたし、もう勘弁してほしいという感じでした。ああ、それに『マン・ダウン』の主人公は「弱さ」をはっきり出していました。『ハクソー・リッジ』の主人公は映画の中では弱さを全然見せませんでした。多分、そこがぼくが苦手なタイプなんだと思います。ぼくは弱い人が好きなんでしょう。 
posted by dunno at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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