2017年09月10日

松江旅行2017(8)三日目・その1・黄泉比良坂(よもつひらさか)

さて、三日目、最終日です。旅の前日、最後の日の予定を検討していてみつけたのが「黄泉比良坂」(なかなか漢字変換に苦労します)です。

黄泉比良坂(よもつひらさか)〜黄泉の国の入口
https://www.kankou-matsue.jp/kankou/bunka-rekishi-shizen/meisyo/page60.html

昨年の2月、寮美千子さん・文、山本じんさん・絵の『絵本古事記 よみがえり イザナギとイザナミ』が発売され、大阪のアラビクで原画展が開催され、翌日、奈良で記念イベント(朗読劇)も実施されとっても面白い体験をしました。

山本じんさんと寮美千子さんの追っかけで大阪・奈良に遠征☆
http://flim-flam.sblo.jp/article/173790318.html

その舞台となった黄泉比良坂が実際にこの世に存在するとは知りませんでした。これは逃せません。最寄りの駅は松江から普通で2駅離れた揖屋という駅。すごく松江から近いのです。そして、黄泉比良坂とセットになっているのが、揖夜神社。このふたつに行ってみよう……と考えていました。ところが、第一日目に行ったホーランエンヤ伝承館で、城山稲荷からでた神輿が届けられるのが阿太加夜神社ということを勉強して、ホテルに帰ってから調べると、この阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)は松江の隣の東松江という駅と揖屋駅の中間にあるっていうことがわかったのです。これで、予定が決まりました。

松江駅→揖屋駅→黄泉平坂→揖夜神社→阿太加夜神社→東松江駅→松江駅

朝食はまた松江駅のリトル・マーメイドですませ、8時半ごろの各駅で出発。じきに揖屋駅に着き、線路の反対側に跨線橋で越えました。山陰道(9号線)に出て東に歩き、少し登り坂になったころ、右に折れる道があるのでそちらに曲がりました。

参考になるかもしれませんので、GoogleMapで示しておきます。324と書かれた道です。そのあたりの地名は「附谷」となっています。

Google Map 黄泉比良坂

附谷一区と三区の境あたりに黄泉比良坂へ向かう細い峠道があります。案内板が出ているのでわかります。上の地図で小さな池の見える場所です。

P_20170828_091409.jpg

本当に細い道です。左に小さな池が見えます。この季節、すごく蚊が多いです。写真を撮ろうと立ち止まると必ず蚊が押し寄せてきます。写真がぶれているのはそのせいです。

P_20170828_091453.jpg P_20170828_091547.jpg

峠を越える道ですが、伊賦夜坂という名前がついているようです。後に出てくる案内板のアップで赤い点線で描かれている道です。ともかく、その峠にあたる部分にたぶん道祖神(塞の神・さえのかみ)があったのだと思います。蚊から逃げるのに忙しく見落としてしまいました。その峠のところで道が分かれています。尾根に沿って右にのぼっていく道を進んでしまいますとこんな看板に出会います。

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こっちには進めないんですね。夜見路などの「夜」のつく地名・名前が多いです。ともかくこっちには進めないので峠の分岐まで戻って、もうひとつの道(こちらは直進に近い)を行くとすぐに池のある開けた場所にでました。

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我々はこの←を反対に歩いてきたわけです。ここが目的地でした。

色んな解説板がありました。

P_20170828_092332.jpg P_20170828_092351.jpg

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この(↑)解説によると、今歩いてきた伊賦夜坂が黄泉比良坂だと書いてあります。確かにひたすら走って逃げたいような坂道でした。まあ、追いかけてくるのが醜女やイザナミではなくて蚊だったんですが……。ここに来る前にツレが「桃を持っていこうか」と言ったのを「大丈夫だよ」といって無視した罰が当たったのかもしれません。でも桃より防虫スプレーの方が効きそうです。蚊の季節に歩かれる方はぜひご準備ください。

P_20170828_092518.jpg
↑この画像で赤い点線の部分が伊賦夜坂です。なんとおそろしいことに、この細道で映画を撮った人があるんですね、夏ではなかったのでしょう。

下の写真は桃の木です。
P_20170828_092612.jpg

鳥居のようなものでしょうか。
P_20170828_092714.jpg

これが昭和15年に建てられた石碑でしょう。
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この場所には解説の印刷物が置いてあって持ち帰ることができるのですが、それによると、
昭和15年7月に、当時の揖屋町長であった佐藤忠次郎(佐藤造機(株)(現三菱農機(株))創設者)が、皇紀2600年事業として、平賀地区に「神蹟黄泉比良坂伊賦夜坂伝説地」と彫られた石碑を建立しました。

と書いてあります。この名前を覚えておいてください。この印刷物にはほかにも
島根県東部に位置する東出雲町の揖屋(いや)平賀(ひらか)地区には、今でも伊賦夜坂があり、「平賀」という名称も「比良坂」が変化したといわれています。またイザナミが黄泉の国に隠れた後をつけて通った谷を「つけ谷」と呼びますが、今の伊賦夜坂入口も揖屋附谷(つけだに)地区にあり、他にも名残ある地名などがあります。

というような説明もありました。

川京の方が「大きな石がある」と言われたのはこの石のことのようです。
P_20170828_092759.jpg

ここにはやまももの木がありました。
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石の写真をもう少し載せておきます。
P_20170828_092854.jpg P_20170828_093042.jpg

黄泉の国へ届く郵便ポスト:
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先ほどの石柱を反対側から撮ったもの:
P_20170828_093213.jpg

全景:
P_20170828_093415.jpg

十分満足したので次の目的地である揖夜神社にむかいました。

続く
タグ:松江
posted by dunno at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行
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