2012年04月09日

吉備の中山散策(1)吉備津彦神社〜元宮磐座〜天柱岩

昨日(4月8日・日曜日)はとても暖かくいい天気でした。花見に行くと選択肢もありましたが、かねてから行ってみたかった吉備の中山の散策を楽しむことにしました。
(刺激になったのはこちらの15日、17日、18日、19日の記事です。)

吉備の中山というのは、吉備津彦神社や吉備津神社の裏にある神の山で、岡山随一のパワースポットです。「吉備の中山を守る会」の方々が整備してくださっているおかげで、とてもきれいで歩きやすくなっています。

吉備の中山を守る会のサイト:
http://kibinonakayama.com/
吉備の中山の散策用地図(とても便利☆):
http://kibinonakayama.com/01_map.html

以下、番号(n)はこの地図における番号を示します。

朝9時に自宅を出発、車で吉備津彦神社(1)に向かいました。吉備津彦神社の駐車場の一角には「龍の巖戸」というものが出来ていて(未完成?)なかなか面白いので写真に撮ろうと近づいたとき! 目の前に知っている人が! ご家族とお参りに来ておられたのでした☆ なんという偶然でしょう。奇跡のようです。

DSC08649.jpg

神社にお参りして、幸先の良い出会いに感謝し、一日の安全を祈って、中山散策に出発しました。(34)の「大守大藤内家宅址」を見て、少し進むと登山口があります。

DSC08651.jpg

このあたりは桜があるので花見の準備をしている方々もありました。すぐ(2)の「忠魂碑と台石」がありました。

DSC08653.jpg

ネットで調べると、この台石はもっと上にあった磐座(いわくら)だったとか……。

この忠魂碑の手前には、不思議な手水鉢のような石が置いてありました。

DSC08654.jpg

何なのでしょう。

また、忠魂碑に向かって右手には「重源瓦出土地」という札が立っていました。重源(ちょうげん)というのは、源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たした人だそうです。

忠魂碑の右手、お稲荷さんの参道のそばにはなぜか古い砲弾が置かれていました。何の説明もついていませんでした。

DSC08657.jpg

少し登ると、すぐに、(3)「横穴式石室と成親供養塔」がありました。藤原成親は「鹿ヶ谷の陰謀」の罪で備前の国に配流され、亡くなった人です。

さらにぐんぐん登っていき、三叉路で右の道を選んで進むと(4)「元宮磐座」があります。かなり大きいです。

DSC08669.jpg

夏至の日には、この場所と吉備津彦神社を結ぶ線の延長線上に太陽が昇るのだそうです。また吉備津彦神社では5月の第2日曜日に「磐座祭(いわくらさい)」を執り行い、この磐座やその他の磐座・古墳などを巡るそうです。

参考:
http://www.tamatele.ne.jp/~onotoshi/kibituhikoiwakurasai07.html
http://www.kibitsuhiko.or.jp/event.html


そのそばの丘のように見えるところに登ると、そこが「吉備の中山龍王山山頂」。海抜170メートルだそうです。その山頂に(6)「八大龍王」、その脇に(5)「経怐vがありました。

DSC08675.jpg

元宮磐座に戻り、さらに進むと急な下りになりますが、中山を守る会の方たちが張ってくださっているロープに掴まって降りることができるので、安全に下れます。

DSC08686.jpg

やがて見えてくるのが(7)「天柱岩」。これは大きい!

DSC08688.jpg

景色も抜群です。

岩を下から見るとこんな感じです。一番上に「天」「柱」と刻んであります。

DSC08693.jpg DSC08695.jpg

大胆にも「天柱」の文字を石に刻んだのは、中山通幽という人。明治33年に、麓に、福田海(ふくでんかい)という宗教団体の本拠地を作ったそうです。

ひたすら山道をくだっていくと、吉備津彦神社と吉備津神社を結ぶ細い道路に出ます。

次の記事に続きます。
タグ:古墳
posted by dunno at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡山
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