2018年02月10日

石牟礼道子さん、逝去

今日、2018年2月10日、石牟礼道子さんが亡くなられました。

大好きな作家でした。一番好きな作品はやはり『十六夜橋』です。現物なら古本でしか買えませんが、kindle等でならすぐ買って読むことができます。ぼくは最初単行本を買いましたが、のちにhontoで電子版を買い、さらに kindle 版も買いました。

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このブログには、石牟礼さんのお名前の出てくる記事がいくつかあります。そのリストを載せておきます。本当に名前だけのものもあります。

2011年9月24日「十六夜橋」
http://flim-flam.sblo.jp/article/48146642.html

2011年9月25日「椿の海の記」
http://flim-flam.sblo.jp/article/48163359.html

2012年3月17日「石牟礼道子対談集 魂の言葉を紡ぐ」
http://flim-flam.sblo.jp/article/54477793.html

2012年3月31日「桜つながり」
http://flim-flam.sblo.jp/article/54749307.html

2013年1月5日「恋に至る病」
http://flim-flam.sblo.jp/article/61247899.html

2013年7月7日「これから読むもの、観るもの」
http://flim-flam.sblo.jp/article/70650131.html

2015年4月4日「岡山散策」
http://flim-flam.sblo.jp/article/116180590.html

上の記事群に出てくる本以外にも、ずいぶん石牟礼さんの本を購入しています。『苦海浄土』は実は第一部しか読んでいません。他の本は読んでしまったのですが……。第一部には水俣病がおきる前の暮らしも描かれていて、そのあまりの幸福感に涙が出ました。オススメです。

今夜はまた『十六夜橋』を読んでいます。石牟礼さんのことを思いながら眠ろうと思います。

※ ネット上の石牟礼さん関連記事等へのリンク集をこの下に作ります。すこしずつ増やします。

●石牟礼道子(渡辺京二)
http://kyouiku.higo.ed.jp/page2022/002/005/page2332.html

●追悼 石牟礼道子(illegal function call in 1980s)
http://dk4130523.hatenablog.com/entry/2018/02/10/071937

●両陛下はなぜ「水俣病胎児性患者」と面会したか 故・石牟礼道子さんと美智子皇后の「秘話」
https://www.j-cast.com/2018/02/10320989.html?p=all

●石牟礼道子『苦海浄土』刊行に寄せて(動画)
https://youtu.be/n7VB2U4kA1M

●追悼 − 石牟礼道子(ART iT)(亜 真里男)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/G7zoTDMQP0qOeLJ8npkA

●石牟礼道子さんを悼む(辺見庸) 〈累〉の悲哀 紡いだ文学 (日経会員専用記事)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO26791990Q8A210C1BC8000/
石牟礼さんは、人を現前するただ一個のものとはみない。「むかしむかしのものたちが、幾代にも重なり合って生まれ、ひとりの顔になる」(『十六夜橋』)ととらえ、その〈かさなり〉に、しばしば〈累〉という漢字をあてた。〈累〉とは、このましくないかかわりのことである。いつかの手紙では自作について「悲哀だけで成り立っている」と書き、けっきょくはそのように作品をけんめいに彫琢(ちょうたく)してしまうことの、〈累〉の悲しみから逃れえないさだめをほのめかしている。わたしの生き方をも〈累〉の窓からごらんになっていたのではないだろうか。


●「苦海浄土」石牟礼道子さん死去 〜 患者の魂を言葉に
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=152176

●日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち 第6回 石牟礼道子(動画)
https://youtu.be/UA35VnzZ-3Y

●水俣病"真の救済"はあるのか〜石牟礼道子が語る〜
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3234/1.html
https://youtu.be/aYpRG6T-AVo (動画)

●石牟礼大学「いま石牟礼道子を読む」
https://youtu.be/DXYzOk7aebA
https://wan.or.jp/article/show/4133

●石牟礼道子さんの思い出(一樹の蔭、一河の流れ)
http://bronte.at.webry.info/201802/article_1.html
方言丸出しに綴られる言葉の数々は、読み終えたわたしに何としても水俣へ行って、自分の目で確かめずにはいられない、そんな気持を起こさせたのです。ある日、当時の国鉄久留米駅から列車に乗り、鹿児島本線を南下して水俣で下車。駅前からまっすぐ続く道の先にはチッソの工場が見え、雨の中をを歩いていくと工場正門横にテント小屋がありました。ここで患者さんや支援者などが、座り込みを続けていることを知っていたのです。

テントに着くと中は思ったより広くて数人がいましたが、出入り自由らしくわたしに気を使う人はありません。1時間ほどして石牟礼道子さんが顔を出され、その後、テントにいた胎児性水俣病患者の少年に、チッソ工場の排水口や湾ぞいの集落などを案内してもらいました。言葉も歩き方も不自由な少年でしたが、臆することなく自分の不安や希望などを熱心に話してくれたのでした。


●石牟礼道子 はにかみの国(松岡正剛の千夜千冊)
http://1000ya.isis.ne.jp/0985.html
 石牟礼は『苦海浄土』について、「白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの、である」と書いている。
 まさにそうなのだ。そう言われて、気がついた。ぼくも、いま思い出しても、『苦海浄土』は長塚節の『土』や住井すゑの『橋のない川』と似た作品のようには読まなかったのだ。そこから説経節や浄瑠璃に近い調べを聞いたのだった。が、そのときはそれが幻聴のように思えた。
 それが幻聴ではなかったことは、『十六夜橋』(径書房・ちくま文庫)を読んだときにわかった。この作品は、不知火の海辺の土木事業家の一家と、そこにまつわる3代にわたる女性たちや石工や船頭たちに流れ去った出来事が夢を見るように描かれていて、むしろ幻聴そのものを主題にしているかにも見えるのだが、読めばわかるように、かえってそこにずっしりとした「持ち重り」が輝いていた。それが『苦海浄土』以上に鮮明になっている。


●コラム凡語:石牟礼道子さん(京都新聞)
http://kyoto-np.jp/politics/article/20180214000049
 10日に死去した熊本在住の作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)さんの祖母、モカさんは精神を病んでいた。幼少時、祖母に付き添うのは孫娘の役割だった。不知火海のほとりで遊ぶ時も、祖母と一緒だった。

 自伝的作品「椿の海の記」では、「おもかさま」と周囲に呼ばれた祖母との暮らしが描かれる。人々は「おもかさまには荒神さんがついた」と言い、つかれたように孫を連れて歩き回る祖母を受け入れていた。


●石牟礼道子氏と渡辺京二氏 傘寿迎えた2人の作家の共助関係
http://www.news-postseven.com/archives/20110216_12817.html

●石牟礼道子おすすめ作品5選!水俣病を扱った『苦海浄土』など魂に響く5冊
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/1466

●〈時の回廊〉石牟礼道子「苦海浄土」 水俣病患者の魂、代弁
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201111100196.html
 おととしの夏、倒れて大けがをしたとき、記憶を2カ月半なくしました。幻覚はよく覚えています。千尋の谷に落ちる私の足から、チョウが太古の森へ飛びたったのです。あれは私の命かもしれません。こずえの葉が海風に震え、いい音楽が聞こえました。そう、幻楽四重奏。チョウの私はアコウの木の枝にとまり、幸せでした。そのあたりからこの世に帰ってきました。

 私は天という言葉がいちばん好きです。40年ほど前、水俣病の運動のさなかに、こんな句をつくりました。

 祈るべき天とおもえど天の病む

 天とは宇宙ですが、天と言った方が感情を託せます。あの地震のことも引っくるめて宇宙に異変が起こっています。私のなかで天は、今も病んでいますね。


●梟通信〜ホンの戯言
http://pinhukuro.exblog.jp/tags/石牟礼道子/

●不知火のほとりで(毎日新聞連載 会員用)
https://mainichi.jp/ch150913328i/不知火のほとりで
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2017年12月17日

あしながおじさん

今日、山口までの往復で「あしながおじさん」を読みました。この話を最初に読んだのはいつだったのか覚えていないのですが、ともかくこの話が大好きでした。今、書棚にあるのは古本屋でかった旺文社文庫版(中村佐喜子訳)。今日読んだのは、岩波少年文庫版(谷口由美子訳)をスキャンしてタブレットに取り込んだもの。なんでこんなにいっぱい買ってるのかなあ(笑)。

前回読み直したのは佐野洋子さんの「ふつうがえらい」にはいっている『こんな女の子と暮らしたい』を読んだからでした。佐野洋子さんがはじめてこの本を読んだのは中学一年のとき。とても愉快で楽しい思いをされたそうです。ところが平成になった頃(?)読み返したとき、なんと読みながら大泣きしたんだそうです。どこで泣くのかというと、ジュディがとっても幸せなところで泣くんです。あしながおじさんができる唯一の愛情表現は金もしくはプレゼントを贈ること。なので、その愛の表現が送られてくると、どっと涙が出てしまうんだそうです。そして、佐野さんは、この小説は楽しく明るいジュディの学生生活の向こうにいるあしながおじさんの心理小説なのだ、○十六の男が二十一歳の女の子に手玉にとられてしまったのだと語ります。あしながおじさんはやきもきする立場しか与えられず、来る手紙来る手紙がどんなにスリリングなものであったろうと同情するのです。そしてラストで一番たくさん泣くのでした。佐野さんの文章を読むとこの本を読まずにいられなくなります。

今回、読み直したのは、15日の山陽新聞夕刊・文化エンタメページに、大宮エリーさんという方が『あしながおじさん』を取りあげたエッセイを読んだからです。大宮さんは若いときには何度トライしても投げ出してしまったんだそうです。時を経て大掃除中に見つかったこの本を読み始めて、驚いたのでした。ぐんぐん引き込まれたのでした。ジュディの書く手紙のディーテールのすごさに、これはおしゃべりそのものだ、彼女の手紙は語りかけてくる、こんな手紙を日々もらい続けたらどんなに心が温まるだろう……と書いておられます。

佐野さんが『赤毛のアン』のアンよりも、『若草物語』のジョーよりもジュディが好きだあると書いておられるのと同じで、ぼくもジュディが大好きです。ジュディはとても賢く、しかもユーモアにあふれる女性です。たとえばある日の手紙の最後の部分を引用してみます(岩波少年文庫版):

日曜日
 きのうこれを出すのを忘れてしまいました。ですから、腹の立ったことを付けくわえさせてください。今朝、礼拝のとき、教会の監督さまがみえて、その方がなんておっしゃったと思います?
「聖書に語られた、わたしたちへのもっとも慈悲深い約束のことばとは、『貧しい人々はいつもあなた方といっしょにいる』(「マタイによる福音書」より)ということばです。貧しい人々は、わたしたちをあわれみ深くするために、存在するのです。」
 考えてみてください、これじゃまるで貧しい人々が、有益な家畜のようじゃありませんか。もしあたしがこんなにすばらしい女性に成長していなかったら、きっと礼拝のあと、その方のところへ行って、自分の気持ちをぶちまけていたでしょう。


※上では「マタイによる福音書」とありますが、旺文社文庫版では「新約聖書マルコによる福音書十四章7節。『貧しい人たちはいつもあなたがたといっしょにいるから、したいときにはいつでも、よいことをしてやれる』」となっています。どっちが正しいのかなと思って調べたら、両方に出ていました。Wikipediaって便利ですね〜。

マタイによる福音書 >> 26:11
マルコによる福音書 >> 14:7

※そんなに賢い女性なのに、どうしてあしながおじさんの正体が分からないのかと、やきもきしながら読んでしまいました。まあそこがいい所なんですけど。

この本の魅力はジュディの手紙の魅力にもよるのですが、もうひとつ、挿絵もすばらしいです。ウェブスター自身が描いているそうです。「へたうま」の元祖です。で、この挿絵にはところどころにキャプションがついているんです(原作ではもちろん英語)。上の2つの日本語訳を比べてみると、そこのところの訳は独自のものを使っているんですね(当然かも)。例えば、手紙の中で最初に出てくるジュディの絵でくらべてみます。

英語版はこちら(新潮文庫版はこれをそのまま?)
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なんだかあまり見たことのない表現が使われていますね。Rear Elevation とか Front Elevation って……どうも製図で使う用語のようです。背面図と正面図。ジュディは幾何の講義をとっていて、円柱とか円錐を習ったようですから、そこで出てきたことばなのでしょう。早速使うところが楽しいじゃないですか。

岩波少年文庫版ではここは「孤児の図 うしろ向き 前向き」、旺文社文庫版では「孤児の像 後ろ向きの図 正面図」となっています。岩波の方はやや子ども向けかも。

何度でも読み返したい本です。
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2017年08月06日

傍らにいた人

土曜日の日経に詩歌教養のページというのがあって、俳句や短歌のとなりに連載ものが載っています。今連載されているのは堀江敏幸さんの「傍らにいた人」。小説の中の主人公ではなくて、脇役に注目した文学紹介になっています。これが面白い☆☆☆ きちんと切り抜いたり記録をとったりしているわけではないので、ネットで集めた情報ですが、これまでの内容をここに載せておきます:

2017年
03/04 (01) 國木田独歩「忘れえぬ人々」 「生の孤立」感じた時 すれ違う
03/11 (02) 安岡章太郎「夕陽の河岸」 死神のごとく現れた黒い影
03/18 (03) 井伏鱒二「鯉」 隠された黒く冷たいもの
03/25 (04) 井伏鱒二「スガレ追ひ」
04/01 (05) マルセル・ムルージ「涙」「エンリコ」 死神に等しい使いの白い影
04/08 (06) 瀧井孝作 「父」 読み手揺さぶる一人目の継母
04/15 (07) 堀江敏幸 瀧井孝作「父」(下) 「私」のなかで生き続ける生母
04/22 (08) 堀江敏幸 佐多稲子「水」 浄化された母を悼む涙
04/29 (09) 内田百 「見送り」 船上で遅刻の奇妙な言い訳
05/06 (10) 堀江敏幸 正宗白鳥「リー兄さん」 死んだ弟を呼び出した女性
05/13 (11) 藤枝静男 「悲しいだけ」 妻の死を悼む酷薄の描写
05/20 (12) 尾崎翠「松林」 少女の気配がもたらす昂奮
05/27 (13) 寺田寅彦 「嵐」 嵐の後に浮かび上がる女性
06/03 (14) 島崎藤村 「海岸」 「娘」に投影される作者の内面
06/10 (15) 芥川龍之介 「微笑」 厠の人となった親友 「久米正雄」
06/17 (16) 谷崎潤一郎「陰翳礼讃」、久生十蘭「昆虫図」 不吉を暗示する小さな虫
06/24 (17) 日影丈吉「かむなぎうた」 想いを寄せる少女の幻覚
07/01 (18) 梅崎春生「小さな町にて」 子を宿した女性が導く悟り
07/08 (19) 小山清「小さな町」 焼失した町と人々の影拾う
07/15 (20) シャルル=ルイ・フィリップ 「小さき町にて」 庶民の視線で幸福考える
07/22 (21) シャルル=ルイ・フィリップ 「小さき町にて」 罪深い人間に注文した木靴
07/29 (22) 野呂邦暢 「小さな町にて」
08/05 (23) 野呂邦暢「失われた兵士たち―戦争文学試論―」 兵士たちが残した言葉拾う
[以下毎週追加します]
08/12 (24) 安岡章太郎「遁走」 軍隊のヤル気の正体見抜く
08/19 (25) 田村泰次郎「銃について」 「恋人」介して支え合う男たち
08/26 (26) 小島信夫「小銃」 暗部を見た人のやさしさ
09/02 (27) 長谷川四郎「小さな礼拝堂」 消えない凍てついた真空地帯
09/09 (28) 石原吉郎「サンチョ・パンサの帰郷」 もうひとりの自分の耳鳴り
09/16 (29) 北條民雄「いのちの初夜」 生きのびるという厳しい啓示
09/23 (30) 北條民雄「川端康成との往復書簡」 文豪の励ましに応えた若者
09/30 (31) 川端康成「骨拾ひ」 乾いた自分という他人
10/07 (32) 川端康成「日向」 北に顔を向けなかった祖父
10/14 (33) 川端康成「合掌」 虚の言葉が可能にする真実
10/21 (34) 川端康成「心中」 狂乱を帯びた4通の手紙
10/28 (35) 梶井基次郎「川端康成第四短篇集「心中」を主題とするヴァリエイシヨン」 正しくなぞる幻視のの糸
11/4 (36) 梶井基次郎「闇の絵巻」(上) 川端康成の告白と後悔
11/11 (37) 梶井基次郎「闇の絵巻」(下) 不治の病告げる不吉な響
11/18 (38) 梶井基次郎「檸檬」(上) けっして腐敗しない「塊」
11/25 (39) 梶井基次郎「檸檬」(中) 幻視を準備するための言葉
12/2 (40) 梶井基次郎「檸檬」(下) 覚悟を決めて置いた手玉
12/9 (41) 芥川龍之介「蜜柑」 気鬱な世界を変えた投擲
12/16 (42) 芥川龍之介「蜃気楼」 鈴の音を響かせた妻の言葉
12/23 (43) 志賀直哉「焚火」(上) 芥川を変奏に誘った世界
12/30 (44) 志賀直哉「焚火」(下) 火が消えた後の世界を知る者
2018年
1/6 (45) ジュール・ルナール「フィリップ一家の家風」 飛び火する言葉の薪
1/13 (46) ジュール・ルナール「水甕」 永遠に渇くことのない言葉
1/20 (47) 田中小実昌「ポロポロ」 言葉にしないで伝わる本質
1/27 (48) 田中小実昌「バスの終点」 揺れに身を任せた言葉
2/3 (49) 深沢七郎「みちのくの人形たち」 罪の果てにある光景
2/10 (50) 中野重治「萩のもんかきや」 効率無視の言葉の紋描き
2/17 (51) 小沼丹「揺り椅子」 柿の実に閉じ込めた戦争の影

気になった作品をamazonで調べるとすごく高い古書しかなかったりしますので、本気で付き合うなら図書館を利用するしかなそうです。でも検索していると関連する文庫本なんかがあったりして、小山清という方の「落穂拾い・犬の生活」(ちくま文庫)を本屋さんに行って購入しました。連載の(18)からずっと「小さな町」シリーズが続いていてるんです。小山清さんの「小さな町」は彼が新聞配達尾していた下谷竜泉寺町のことを描いた作品。ちくま文庫にもその時の話がでてきたりするんです。表題作になっている「落穂拾い」は下谷ではなく武蔵野市に住んでいるという設定。あまり誰とも話をしない主人公(語り手)がいつも戸が開いている古本屋だけには抵抗なく入れて、しかも経営者である若い女性と親しく話せるようになる話は、読後なんだか胸がときめいてくるお話でした。表題作だから解説になにか書いてあるかな……と思って最後の解説を読んだら……ほとんどがこの短編の話でした。それもとてもショッキングな……。解説を読んで泣いた……というのは初めてかも。今これを書いていても胸が痛くなります。作品はそれだけで味わえばいいのでしょうが、それが書かれた状況、そしてその後のことを知るとまた別の感想が得られるのは仕方ないですね。

いい作品集です。もったいないので少しずつ、少しずつ読んでいます。オススメです。

「傍らにいた人」も将来的には単行本になるのでしょう。楽しみです。 
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2016年03月29日

恵比寿のシス書店

恵比寿のシス書店(LIBRAIRIE6)が6周年記念で開催しておられた「6 year exhibition LIBRAIRIE6」展に、3/19(最終日前日)に行ってきました。

先日亡くなられた合田佐和子さんの絵も3点展示されていました。他には、宇野亞喜良さん、四谷シモンさん、金子國義さん、合田ノブヨさん、建石修志さん、など多くの作家の作品がありましたが、いちばん気に入ったのは菅野まり子さんの作品でした。黒地に独特な中世的雰囲気の絵を描かれます。不思議な魅力があります。

検索:
菅野まり子

シス書店では、今年の終わり頃、菅野まり子さんと他の方の2人展か3人展を企画しておられるそうです。ぜひ観に行きたいと思います。

シス書展での過去の個展(菅野まり子 「孤島にて」展 )
http://librairie6.exblog.jp/21230018/

菅野さんの作品も、合田佐和子さんの作品も素敵でしたが、結局古本を2冊購入して帰りました。白水社の「新しい世界の短編」というシリーズの中から第一巻「木立の中の日々」(マルグリット・デュラス)と第三巻「十三の無気味な物語」(ハンス・へニー・ヤーン)です。

「木立〜」のほうは帰りの新幹線でほとんど読んでしまいました。不思議な味わいの面白い短編集でした。表題作「木立の中の日々」は、女友達と同棲している貧乏な男の所に、急に金回りのよくなった母親がやってくる話。かみ合わない会話が絶妙。笑えます。母親と息子の関係というのはほんとにしんどいものですね〜。二つ目の「ボア」には一番ぎょっとしました。ボアというのは動物園にいる大きい蛇です。日曜ごとに若鶏を丸のみし『嚥下』するのを見に行く二人の話。このあともうひとつの『嚥下』が出てくるところがとてもショッキングでおぞましいです。未読の方がほとんどでしょうから、これ以上は書きません。好きな話か?ときかれると答えにためらってしまいますが、ものすごく印象に残る話でした。三番目の「ドダン夫人」はアパートの門番(つまり管理人)であるドダン夫人の話。彼女が住人のゴミ出しにすごくこだわる話です。けっこうおかしい話。最後の「工事現場」はホテルに宿泊している男と女の出会いの話。他の話と違って胸がときめく話です。よかった☆

他の方の感想を探してみました:

アリアドネの部屋
デュラス『木立の中の日々』
http://blogs.yahoo.co.jp/takata_hiroshi_320/23765631.html

晴読雨読ときどき韓国語
『木立の中の日々』(マルグリット・デュラス著、平岡篤頼訳、白水社)
http://nishina.exblog.jp/13186749/

記憶の彼方へ
マルグリット・デュラスの塩漬けキャベツ
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20111110/p1

流れ去る時間/停滞した瞬間(マルグリット・デュラス)
小川美登里
http://www.gallia.jp/texte/50/50ogawa.pdf

鳥乃声 花乃蜜
マルグリット・デュラスとか
http://cotomin.jugem.jp/?eid=320

近くの方で読んでごらんになりたいかたにはお貸ししますよ。

もう一冊の方は未読です。読んで面白かったら感想を書くことにします。
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2015年09月23日

劉暁慶の「恋の自白録」

最近、新幹線や電車・ジーゼル(笑)に乗るチャンスが多く、タブレットに入れていた「中国大女優・恋の自白録」(劉暁慶[リュウ・シャオチン]、水野衛子訳、文藝春秋)を読みました。かなり昔に一度読んでいましたが、pdfにしてから読むのは初めて。かなり忘れていたので、とても面白かったです。

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不倫のこと、離婚のこと、金儲けのこと……信じられないくらい赤裸々に書かれています。訳者の水野さんの後書きによると、それでもかなり怪しいところがいっぱいらしいので、真実はもっとすごかったのでしょうか。

一番面白くなるのはやはり姜文(チアン・ウェン)が出てくるところから。劉暁慶が彼の才能に惚れ込み、恋に落ちる様子をどきどきしながら読みました。そして夫との離婚問題のドロドロもすごかったです。さらに、姜文の初監督作品になる『太陽の少年』の資金作りの苦労話も、ぼくとしては興味のあるところ。そんなに尽くした姜文との別れについては最後の章「34. 『太陽の少年』」でさらっと書かれているだけ。劉暁慶を念頭に置いて書かれた米蘭(ミーラン)という少女を年齢の問題から結局寧静(ニン・チン)が演じ、その寧静と姜文が恋仲になってしまったのですから、かわいそうな気もします。(寧静の名前はこの本では出てきません)

2002年にはまた脱税問題が起き、莫大な罰金を払ったようですね。

>> Wikipedia

ちょうどその年の夏北京に行ったとき、テレビでもその件が話題になっていました:

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最近では「中国の美魔女」としても日本のテレビ等でも話題になっていたとか……。

この人のパワーを、「恋の自白録」を読んで感じました。すごい人です。チャンスがあればぜひご一読をお勧めします。

※シネマジャーナル40号に載った紹介記事は web 上でも読むことができます:
http://www.cinemajournal.net/bn/40/jihaku.html
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2015年04月21日

Springtime a la Carte

映画や舞台を観るのも楽しいのですが、読書も好きです。ただ最近は読むスピードががくっと落ちてしまい、一冊読むのにすごく時間がかかります。年ですね〜。

読書関係のブログもいろいろ覗いているのですが、昔、森茉莉さん関係で検索して見つけた「カフェと本なしでは一日もいられない。〜カフェ通いと読書に明け暮れる日々。 ⓒatelier.sumire.gingetsu」もその一つです。
http://blog.livedoor.jp/kyoto_cafe/
このブログの右コラムのCategoriesを見ると興味の対象がとてもよくわかります。
書いておられるのは森茉莉さんにかぶれて名前まで変えてしまったという早川茉莉さん。我が家にも何冊か本があります。
サイトのメインのページはこれでしょうか:
http://sumire-gingetsu.petit.cc/

早川さんへのインタビュー記事も面白い! 東城百合子さんの「自然療法」は我が家のバイブルです。
いちじょうじ人間山脈 第三十三回 早川茉莉さん(編集者)
http://keibunsha.sakura.ne.jp/ningen/interview120125.html

さて、先日、「カフェと本なしでは一日もいられない。」にこういう記事がありました:
「いとしいウォルター、堅ゆでの玉子つき」(「お好み料理の春」より)
http://blog.livedoor.jp/kyoto_cafe/archives/52076250.html
O・ヘンリーの短編の紹介でした。「アラカルトの春」という翻訳も出ているそうです。これがとても面白かったです。ちょっと作りすぎの話ですが、なかなかドラマチックなオチ。いいです。

ダイジェストでなくて、本物を読もうと青空文庫を見てみましたが、O・ヘンリーの作品はほんの少ししかありませんでした。それで、仕方なく他を検索したら次のサイトにありました:

American Literature
http://americanliterature.com/

Springtime a la Carte
http://americanliterature.com/author/o-henry/short-story/springtime-a-la-carte

さすがにちょっと古くさい言い回しが多くて読みにくいです。早川さんのダイジェストを読んでいなければ、最初のあたりは何を言いたいのかさっぱりわからなかったかも。

手紙の時代でなければ成立しないロマンチックなお話です。

他の作品も読みたくなるかもしれないので、備忘録としてここに書き留めておきました。
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2015年01月31日

『素足の季節』小手鞠るい

岡山駅の書店でふと手に取った文庫本が岡山を舞台にしていたので、旅の友として購入。面白くてすぐに読んでしまいました。

ハルキ文庫の新刊で『素足の季節』という本です。著者は小手鞠るいさん。初めて読みました。岡山出身なのですね。

主人公は岡山市の県立A高校の1年生女子。県立では他にS高校とD高校の名前がでてきますので、これはもろに朝日高校のことですね。

紹介文より:
県立岡山A高校に入学した杉本香織は、読書が好きで、孤独が好きで、空想と妄想が得意な一六歳。隣のクラスの間宮優美から、ある日、演劇部に誘われる。チェーホフの『かもめ』をアレンジすることが決まっているという。思いがけずその脚本を任されることになった香織は、六人の仲間たちとともに突き進んでゆく――。少女たちのむき出しの喜怒哀楽を、彫り深く、瑞正な筆致で綴った、著者渾身の書き下ろし長篇小説。


女子高校生の青春ものでは、映画化された(もしくは予定の)『でーれーガールズ』『幕が上がる』『くちびるに歌を』がありますが、『でーれー〜』とは岡山という舞台が同じですし、『幕が〜』とは演劇部が舞台という点で重なっています。『くちびる〜』は合唱部の話。どれもよかったです。

関連過去記事:
最近読んだ本(2014.3.30)
http://flim-flam.sblo.jp/article/92058361.html
平田オリザの青春小説『幕が上がる』(2013.3.22)
http://flim-flam.sblo.jp/article/63975154.html
でーれーガールズ(2011.9.22)
http://flim-flam.sblo.jp/article/48071949.html

『素足の季節』もこれらに匹敵する作品でした。比べるとよりリアルかもしれません。

作者は学年がぼくと2つぐらいしか違わないので、描かれている岡山自体を知らないのですが、時代の雰囲気を感じることもできました。作品の中で「温石」という和食のお店が出てきてびっくり。うちのすぐ近くにそういうお店があるのですが、そのお店のことでしょうか。ちなみに「おんじゃく」と読みます。また表町にいい本屋さんがあったそうで、大事なシーンでその書店が使われていました。ぼくが岡山に来た10年前にはもう、そのお店はありませんでした。残念。

上でリアル、と書いたのは中身がけっこうドロドロしているところです。主人公のとる行動にも首をかしげてしまうところが多々ありますが、無理に理想化されていなくて自然なのかな、と思いました。

岡山の方ならぜひぜひ、そうでない方でも青春ものの好きな方はぜひどうぞ。オススメです。
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2015年01月26日

ことのは文庫(徳島)

出張で徳島に行ってきました。駅前の本屋さんに徳島関係の本のコーナーがあったので覗いてみたら、面白そうな本がいっぱい☆ とくに「ことのは文庫」のシリーズが気に入って4冊も購入してしまいました。

徳島県立文学書道館というところが出しています。
徳島県立文学書道館のサイト:
http://www.bungakushodo.jp/
刊行物のページ:
http://www.bungakushodo.jp/publications.html
(ことのは文庫は下の方にあります)

買ったのは以下の4冊です。

「寂聴自伝 花ひらく足あと」(瀬戸内寂聴)
寂聴さんの自伝や自伝的小説はいくつかありますが、これは知りませんでした。もともと20世紀の終わり頃、徳島新聞に連載されたものだそうです。

「童話・爪先の落書き」(賀川豊彦)
この作者の社会問題を扱った本は読んだことがありますが、童話というのは初めて。鳴門の出身なのですね。

「北条民雄選集 いのちの初夜」(北条民雄)
「いのちの初夜」は読んでいますが、ぜひ他の作品も読みたいと思い買いました。

「海野十三短編集1 三人の双生児」(海野十三)
学生の頃、「新青年傑作選」というケース入り五巻の本を買いましたが、その中で一番印象に残ったのが海野十三の「三人の双生児」。実はごく最近、また読み返しました。本は山口の実家にあるので青空文庫で読みました:
青空文庫「三人の双生児」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000160/card1252.html
i文庫で読めるはずです。kindleでも読めるはずです。

幼い頃の思い出を求めて……そしてそれが最後にかなうところの切なさがなんともいえない後味を残します。悪趣味なところがあるので、人によっては途中でいやになるかもしれませんが、ぜひ最後まで読んで下さい。短い作品です。

なぜこの本をわざわざ買ったかというと、この作品の次に『「三人の双生児」の故郷に帰る』というエッセイが載っているんです。海野十三は徳島出身だったんですね、知りませんでした。「三人の双生児」には安宅村という場所が出てくるのですが、安宅というのは実際には徳島市にあって、彼が実際に住んでいた場所なのです。エッセイに出てくる「四所神社」は今もありますし、「安宅橋」というのは「安宅大橋」「安宅新橋」のどちらかなのではないかと思われます(四所神社に近いのは安宅新橋の方)。徳島駅から東へほんの1,2キロ程度東に行ったところです。残念ながら、この本を読んだのが帰りの「うずしお」の中。そもそも、今日は朝7時半から夕方5時半過ぎまで、徳島大学にいたので、観に行く時間なんかありませんでした。今度徳島に来るチャンスがあればぜひこのあたりを歩いてみたいと思います。エッセイには写真も多く載っていますが、さすがに状態が悪くはっきりは写っていません。またそもそもこのエッセイが発表されたのも昭和12年ですので、写真に写っているような風景は見ることはできないでしょう。30数年ぶりに帰ったふるさとの様子を描いたエッセイです。ちなみに、「三人の双生児」自体は昭和9年に発表されています。

※このエッセイはちくま文庫の「海野十三集 三人の双生児 ―怪奇探偵小説傑作選5」にも入るそうです。kindle でも読めますが、きっとこちらは写真なしでしょうね。
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