2018年12月10日

最初の悪い男 The First Bad Man

最近、いい本にあれこれ巡り会えています。一番最近読んだ本のことを書いておくことにします。

『最初の悪い男/The First Bad Man』(ミランダ・ジュライ/Miranda July)

この本のことを知ったのは山陽新聞の書評「虹閉じ込めたような一冊」(川内有緒さん)でした。一部だけ引用します。
……そして愛し、愛されたいという人間の根源的渇望が、私たちの心をつかんで離さない。
 じんわりとした温かさに満たされて読了すると、今度は頭から読み返したくなった。2度目は、緻密に描き込まれたディテールに絡み捕られるような官能的な読書体験が待っていた。


いやほんと、同じ作者の別の本も買ってるんですけど、もう一度読み返したくなっているところです。ネット上に見つからないので他の書評等にリンクしておきます。これもいい書評です。

●夢のような現実の手触り 一瞬一瞬が光を放ちながら続く生(小俣 鐘子さん)/週刊読書人
https://dokushojin.com/article.html?i=4351

●魂が祝福される瞬間(山崎まどかさん)/新潮社のサイト
https://www.shinchosha.co.jp/book/590150/

●『最初の悪い男』感想対談ーー世界を閉じるための「恋」、世界に出ていくための「恋」(槙野さやかさん・いちこさん)※ネタバレ満載です。
https://note.mu/kasa_sora/n/nd646de9954b9

●『最初の悪い男』(新潮社) (角田 光代さん)
https://allreviews.jp/review/2606

皆さん肝心なところを書かずにうまく書いておられます。未読の方の歓びを奪いたくないので、ぼくも一番印象に残ったエピソードに軽く触れるだけにしておくことにします。それはですね、ある人物がある人物に「あなたは私の話を聞いてくれてない!」と言うところ。ドキッとしました。そして、あ〜、こういうのってあるなぁと思いました。それ以上は書けないですね(笑)。まあ、読んでみてください。

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2018年10月31日

三橋順子さんの『新宿「性なる街」の歴史地理』

着物姿で有名な三橋順子さんの新著『新宿「性なる街」の歴史地理』を読みました。ずいぶん日にちが経ってしまいましたが忘れてしまわないうちにメモを残しておくことにします。

(順子さんのブログの画像を拝借しました)
junko-shinjuku.jpg

地図が多くて「図C1−13のA」のようなのが出てくるたびに地図とにらめっこすることになって、なかなか進まず、3日ぐらいかかってしまいました。順子さんは子どもの時から地図マニアだったそうです。

三橋順子さんのブログ「続々・たそがれ日記」
https://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp

この本に関する記事はこちら:
https://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/archive/c2306172047-1

三橋順子さんご自身が書かれた紹介文(「一冊の本」2018年10月号より)
https://dot.asahi.com/1satsu/tyosya/2018092800028.html?page=1
https://dot.asahi.com/1satsu/tyosya/2018092800028.html?page=2

(下の目次も順子さんのブログよりコピー)
【目次】
第1章 「新宿遊廓」はどこにあった?
(コラム1)「廓」という空間
第2章 「赤線」とは何か(1) ーその成立ー
(コラム2)RAAと「赤線」亀戸 
第3章 「赤線」とは何か(2) ー実態と経済ー
(コラム3) 映画からみた「赤線」の客
第4章 「赤線」とは何か(3) ーその終焉ー
(コラム4)昭和33年3月31日「赤線最後の日」の虚構
第5章 新宿の「青」と「赤」―戦後における「性なる場」の再編―
(コラム5)朝山蜻一『女の埠頭―変貌する青線の女たち―』を読む
第6章 欲望は電車に乗って ―都電と「赤線」―
(コラム6)「原色の街」の原色の女
第7章 新宿・「千鳥街」を探して ―焼け跡・闇市系飲み屋街の記憶―
(コラム7)「旭町ドヤ街」の今昔
あとがき −2つの出会いー 

三橋順子さんのファンなので定期的にブログを覗いているんですが、とても理知的で、信頼の出来る方……という印象があります。唯ひとつだけ「これはちょっと……」と思うのは、甘いものがお好きなところ。まあ、自分もそうなのでとやかく言える筋合いではないんですけどね。ただほとんど同い年で、ぼくの場合甘いものをたくさん食べると体調が悪くなってじんましんが出たりするので、順子さんには健康に気をつけてほしいなあと思うのです。

この本のことはかなり前から宣伝しておられたので、予約して、発売後すぐ手に入れました。

メインの内容は新宿二丁目・三丁目から花園神社の裏のゴールデン街、歌舞伎町や新宿駅ルミネ口から東へ進んだあたりの旭町などの歴史ですが、それだけではなく東京の色んな場所(昔、遊郭、赤線青線などのあった場所)もかなり詳しく説明されています。学生時代に目黒区や文京区、そして杉並区と1972年から79年まで東京で過ごしましたが、行ったことがある場所と言えば新宿ぐらいしかないので、新宿の話に一番興味を持ちました。

1973年に新宿文化で櫻社の芝居『盲導犬』を観に行って三丁目あたりがずいぶん怪しい感じなのを面白く思いました。そのすぐあと、状況劇場の『ベンガルの虎』を不忍池の水上音楽堂で観ました。その周りもけっこうあやしい雰囲気でしたが、この本によると赤線があったのはもっと東の方の新吉原、洲崎、亀戸、鳩の町、玉ノ井、千住、亀有、小岩、新小岩、本田立石で、他は新宿、品川、武蔵新田などだそうです。家庭教師のアルバイトで京成線の京成小岩とか総武線の市川あたりは行ったことがありますが、ぶらぶら歩いたりしたことはないので、地図を見ても新宿以外の場所はあまりピンとは来ませんでした。新宿の花園神社で紅テントの芝居を観たのはもう、ずっとあとの劇団唐組に変わってからのことかもしれません。ですが、当時から状況劇場の女優・田口いくこさんがアルバイトをしておられた「かくれんぼ」というお店の前までは何度か行って見たことがあります。この本でもその店のある横町(新宿センター街「思い出の抜け道」)の写真がp.167に載っています。残念ながら、未だにそのお店の中に入ったことはありません。「かくれんぼ」の写真は下の記事に載せました:
東京での一日(2)唐組篇(2015.10.12)
http://flim-flam.sblo.jp/article/165537208.html

上の記事で出てくる「どん底」というお店のある場所。そこが昔、遊郭のあったところなのだそうです。p.25の図1−9(現在の地図)をご覧ください。

ゴールデン街の写真も次の記事に載せています:
東京散歩(2) 弥生〜不忍池〜銀座〜新宿(2013.5.7)
http://flim-flam.sblo.jp/article/66761372.html

読んでいて、おっ! と思ったところのうちからいくつか上に上げたところ以外でもあげてみます。

新宿二丁目の「新千鳥街」のところで、その場所を人に訊ねたら「新宿高校の近くだよ」って教えられるところがあります(p.254)。新宿高校!!! 懐かしい!!!!……って、別にそこに通ったわけでもないし、場所すら知らなかったのですが、状況劇場の整理券をとろうと列で並んでいた時、まだ高校生の女の子がいて、たしか小島さんって行ったと思うけれど、学校をサボってきていました。なんだか自由な学校で平気なんだとか言ってましたが、本当でしょうか(笑)。ぼくは田舎の高校の超まじめな生徒で、喫茶店にすら入ったことさえありませんでしたので、東京の高校生ってすごいなあと感心しました。その新宿高校が一体何処にあるのか調べようとも思ったことはなかったのですが、思いもよらず、新宿二丁目にあるのを知って、今度東京に行った時はこのあたりを歩いて、ついでに新宿高校も外から眺めてみようと思います。その小島さんは演劇をやっているようでしたが、後に、某有名女優の付き人をやっていると聞いたこともあります。今はどうしておられるのでしょう。やっぱり芝居や芸能関係の仕事をしてるんでしょうか。

さて、その続きで「新千鳥街」の前の「千鳥街」を探索する箇所(この辺、とっても面白い!!)でp.281に出てきて、p.282に写真が載っているビルがすごいんです。「千鳥街」の『削り残りの敷地』に立っているビルでとっても薄っぺらなんです。実物が見たい! 場所は『新宿駅東口から新宿通りを東に新宿二丁目方向に歩いていくと、「新宿二丁目交叉点」の南西角』だそうです。で Google Map で探すと、確かにありました。実は新宿御苑にも一度も行ったことがなくて、このあたりはほとんど未体験。11月には東京にいくので、このあたりを散策する予定です。

2chome.jpg 2chome2.jpg

この建物も見逃せないですね。こういうくさび形の建物っていくつか観た記憶があるのですが、写真で残っているのは三島のこの建物ぐらいかも:

三島(1) 北口のJR、東レ
http://flim-flam.sblo.jp/article/59048350.html


さて、色々興味深く読める本なのですが、読んでいて一番感じるのは、こういう場所で働いていた女性たちへの順子さんの優しい心です。それを特に強く感じた話題を2つ紹介します。

最初はpp.102--104の部分。家の前に女性が立っている写真が載っています。かなり立派な家です。その家は、玉の井の女給さんが故郷の両親に仕送りをして立った家で、写っているのは女給さんのお姉さんにあたる方。立派に出来た家の写真が女給さんのところに送られてきたものだそうです。それだけなら、その女給さんの健気さに頭が下がるだけなのですが、実はこの写真は4つに裂かれていたものを修復して掲載されたもの。どんな気持ちで裂いたのか考えると、涙がこぼれて仕方がありません。あまりにも悲しいです。ですが、順子さんはこういう世界がなくすべきだ、とは書かれません。『いろいろな事情で環境や学歴に恵まれなかった女性が、才覚と努力でのし上がっていける世界は必要だ』と書いておられます。こういうところが順子さんらしいところだと思います。

そういう風に考えるきっかけとなった出会いが、あとがきに書かれています。マミさんというデリバリーの女性と知り合って話をして、そして、台湾でセックスワーカーやその支援者と話をして、売買春の問題を研究するときには可能な限りセックスワーカーの視点を取り入れようと決意をされたのでした。

三橋順子さんの労作です。続き(「男色編」)も期待しています。

※11/4に岡山の丸善では5冊平積みになっていました☆
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2018年09月06日

『娘役』(中山可穂)

中山可穂さんの『娘役』を読みました。前に『男役』という小説も書いておられましたが、それと同じで宝塚をテーマにした小説です。『男役』の詳細は覚えていないんだけれど、そっちより、今度の方がぐんと面白いという印象です。夕方読み始めて、途中食事や他の用事はしましたがそれを除くと、一気に読みました。

主人公は二人。最初に登場するのは片桐という若いヤクザ・片桐。組の鉄砲玉となって敵対する組のボスの命を狙います。子分も引き連れず一人で行動を始めたボスを追ってやってきたのがなんと宝塚大劇場。ダフ屋からチケットを買い、さらに、芝居が終わって休憩の時間中に札束で目標のすぐ後ろの座席を確保したのですが、レビューが始まって、あるとんでもないこと〜片桐の人生を変えてしまうような〜が起こり(読んでください☆)片桐と若い女優とがつながるんです。読んでいて、瞬間、一体何が起きたのかと思いましたよ。

小説では片桐の話と、その女優・野火ほたるの話が交互に語られます。どちらも面白いです。

それにしても、中山可穂さんの小説を読んでこんなに吹きだしたのは初めてかもしれません。もうおかしくって(特に片桐の話)。片桐がつけ狙った男は組員には秘密ですが宝塚の大ファン。そして片桐も宝塚にはまってしまうんです。ファンの気持ちがすごくうまく描かれています。

宝塚の生の舞台は実はまだ一度しか観ていませんが、宝塚の舞台は大好きです。似たようなのだと、ずっと昔SKDの舞台を観ました。これも楽しかった。特に男役にはまりました。だけど今回の『娘役』を読んで、男役の魅力を引き出すのは娘役の女優さんの力なんだなということを認識しました。娘役にはあまり関心がありませんでしたが、もし次のチャンスがあればそっちにも目を向けたいと思います。

宝塚のコアなファンの方はこの本を読んでどんな風に思われるのか……ということも気になります。また、宝塚を知らない方がこれを読んで観てみようかな……という気になってくれるとうれしいです。

で、読みながら思ったんですけど、どなたか大衆演劇を素材として面白い小説を書いてくれないでしょうか。大衆演劇がでてくる作品というと、思いつくのは、平安寿子(たいら・あすこ)さんの『グッドラックららばい 』ぐらいかな……。普通の主婦が家出して大衆演劇の劇団についていってしまう話です。ただ残念なのは大衆演劇の話はそれほど多くありません。もっといっぱい大衆演劇を扱っている小説はないもんでしょうか……。

そんなことを考えて検索してみると……案外ありますね。紙の本で出版されているものもあるし、ネットの投稿サイトで自由に読めるものもあります。

googleで検索 大衆演劇+小説

例えば、摩天楼・華さんの掌編群は以下のような場所で読めます:
https://kakuyomu.jp/users/yumemaboroshi
https://estar.jp/_crea_u?c=U2FsdGVkX18xXOTc5MDkyNru9VOIwtek9mxPUfzKlORxS01


中村桃子さんの「桃花舞台」の記事も、短編小説のように楽しむことができますね。役者さんのことがメインですが。
https://momo1122.at.webry.info/

映画では、『戦争を知らない子供たち』という1973年の作品で、家出した少年少女たちがドサまわりの劇団にお世話になる話がでてきます。ちょっとびっくり。でも今の大衆演劇とはかけ離れた世界でした。
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2018年07月26日

北海タイムス物語

帰りの新幹線の中では、長男から借りた『北海タイムス物語』を読みました。増田俊也(ますだとしなり)の傑作『七帝柔道記』の続編とも言える作品です。

『七帝柔道記』の記事はこちら:
http://flim-flam.sblo.jp/article/63999601.html

『北海タイムス』というのは実在した北海道の地方紙(今はもうありません)。増田さんが北大を中退して勤務した新聞社です。今回の主人公は、早稲田の教育学部を出て、新聞記者をめざす青年・野々村です。他の新聞社に皆落とされてしまい、やっとやとってくれたのがこの新聞社でした。

「同期」(といっていいのか微妙なのですが)に松田という北大を中退した男が出てきますが、これが増田さんですね(笑)。まあ、無茶苦茶な男。この小説は、主人公が入社してから数ヶ月の古都を描く青春小説です。ともかく登場人物が面白いです。そして、この青年の成長していく姿(最初は全然成長しないんですが)はなかなかの感動モノ。最後あたりは泣きました。

ヒロイン的な浦さんもとても印象に残る素敵な女性でした。読んでいてぼくも好きになってしまいました。まだ当分文庫にはならないでしょうが、図書館でみつけたらぜひ読んでみてください。

新潮社のページ
http://www.shinchosha.co.jp/book/330073/

※最近読んだ本で面白かったのは、これと入れ替わりに岡山から東京へ持っていった『ののはな通信』(三浦しをん)。各紙の書評で評判がよかったので買いましたが、これには驚きました。全編、手紙、そしてメールのやりとりだけでできているんです。胸がときめきました。こちらもオススメです。
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2018年07月02日

愚者の毒

『愚者の毒』は、6月の最初に新聞の書評ですごく褒めてあったので kindle版を購入。山口との往復の新幹線で読んでしまいました。たしかに面白かったです。

ミステリーとしての仕掛けは最初からみえみえでしたが、それはどうでもよいこと。語り手は生年月日が全く同じ二人の女性。その二人が1985年の春、35歳の時、職安で出会うのです。第一章の語り手は葉子。借金苦で心中した妹夫婦の残した幼子・達也を引き取って一生懸命育てているんですが、発達障害があってとても苦労しているんです、妹夫婦の借金まで背負って。心を寄せてしまいますよね〜。そんな彼女と友だちになったのが、職安でであった同じ生年月日の希美。彼女は葉子に住み込みの家政婦の仕事を紹介してくれるのでした。その家には昔理科の教師をしていた「先生」とその息子(亡くなった奥さんの前夫との子)が静かに暮らしていて、葉子と達也は幸せな暮らしを始めるんです。もちろん希美もときどき遊びに来てくれて仲のいい友だちづきあいが続きます。読んでいてとても幸せになります。しかし……。

葉子が語る第一章が終わると、次は希美が彼女の少女時代を語ります。舞台は九州の廃鉱の集落。第一章に出てくる明るい希美とは全くイメージが変わってしまいます。とても辛い少女時代……。そして悪役が登場するんです。面白くなると言うより、ちょっとしんどくなります(読んだ順は逆になりますが、最近読んだ戯曲『パーマ屋スミレ』でも九州の炭鉱での理不尽な状況の中で生きていく人、死んでいく人の切ない話が描かれていました)。希美と幼馴染のユウ(第3の主要人物)をだれもが応援したくなってしまいます。しかし二人は已むに已まれぬ事情からある犯罪に手を染めてしまいます……

第三章ではの内容はご自分でお読みください。

登場人物たちの人生がどう絡み合っていったのか……読み終えて切ないものが残ります。おススメです。
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2018年06月30日

苦い銭

6月30日(土)、午後はやはりシネマクレール丸の内で『苦い銭』を見てきました。13:15から予告篇が始まり、映画を見終えたのが16:10!!! ほとんど3時間座っていたので、お尻が痛くなってしまいました(苦い笑)。

公式サイト
http://www.moviola.jp/nigai-zeni/


シネマジャーナルのミッキーさんの解説がほんとうにその通りなのでそちらをぜひご覧ください。
ぼくはこの作品紹介を見て、絶対この映画を観ようと思いました。
http://mikki-eigazanmai.seesaa.net/article/456497847.html

出てくる人がほとんどみなチャーミング。普通の人なんだろうけれど、観ていてとても愛おしい! 例外はあります。ひとりは夫婦で出稼ぎに来たものの喧嘩ばかりしている人があって、男がかなり暴力を振るうんです。それも建物の外から硝子越しにカメラにおさめていたり、男が外に出てきたら写していたりするんで、これってドキュメンタリーじゃ無くてドラマだっけ……と思ったりしました。もう、この夫婦は終わりだな……と思ったんですが……最後の方でまた出てくるのでそれまでお待ちください。もうひとり危険な感じだったのは、辞めていく男が好きな女性(彼女は相手にもしない)のそばを、大きな裁ちバサミをもってうろうろするシーンがあるんです。なにかするんじゃないかとドキドキしました。これも胸が痛むシーンの一つ。

ともかく、仕事をしているところ(そして仕事をしていないところも・笑)延々と撮し続けた映画です。繰り返しますが、長いです。覚悟してご覧ください。気軽にはオススメできないかも。シネマクレールでは7月6日までの上映です。

来週末からの映画では『長江 愛の詩』『四月の永い夢』が面白そう。
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2018年02月10日

石牟礼道子さん、逝去

今日、2018年2月10日、石牟礼道子さんが亡くなられました。

大好きな作家でした。一番好きな作品はやはり『十六夜橋』です。現物なら古本でしか買えませんが、kindle等でならすぐ買って読むことができます。ぼくは最初単行本を買いましたが、のちにhontoで電子版を買い、さらに kindle 版も買いました。

izayoibashi2.jpg

このブログには、石牟礼さんのお名前の出てくる記事がいくつかあります。そのリストを載せておきます。本当に名前だけのものもあります。

2011年9月24日「十六夜橋」
http://flim-flam.sblo.jp/article/48146642.html

2011年9月25日「椿の海の記」
http://flim-flam.sblo.jp/article/48163359.html

2012年3月17日「石牟礼道子対談集 魂の言葉を紡ぐ」
http://flim-flam.sblo.jp/article/54477793.html

2012年3月31日「桜つながり」
http://flim-flam.sblo.jp/article/54749307.html

2013年1月5日「恋に至る病」
http://flim-flam.sblo.jp/article/61247899.html

2013年7月7日「これから読むもの、観るもの」
http://flim-flam.sblo.jp/article/70650131.html

2015年4月4日「岡山散策」
http://flim-flam.sblo.jp/article/116180590.html

上の記事群に出てくる本以外にも、ずいぶん石牟礼さんの本を購入しています。『苦海浄土』は実は第一部しか読んでいません。他の本は読んでしまったのですが……。第一部には水俣病がおきる前の暮らしも描かれていて、そのあまりの幸福感に涙が出ました。オススメです。

今夜はまた『十六夜橋』を読んでいます。石牟礼さんのことを思いながら眠ろうと思います。

※ ネット上の石牟礼さん関連記事等へのリンク集をこの下に作ります。すこしずつ増やします。

●石牟礼道子(渡辺京二)
http://kyouiku.higo.ed.jp/page2022/002/005/page2332.html

●追悼 石牟礼道子(illegal function call in 1980s)
http://dk4130523.hatenablog.com/entry/2018/02/10/071937

●両陛下はなぜ「水俣病胎児性患者」と面会したか 故・石牟礼道子さんと美智子皇后の「秘話」
https://www.j-cast.com/2018/02/10320989.html?p=all

●石牟礼道子『苦海浄土』刊行に寄せて(動画)
https://youtu.be/n7VB2U4kA1M

●追悼 − 石牟礼道子(ART iT)(亜 真里男)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/G7zoTDMQP0qOeLJ8npkA

●石牟礼道子さんを悼む(辺見庸) 〈累〉の悲哀 紡いだ文学 (日経会員専用記事)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO26791990Q8A210C1BC8000/
石牟礼さんは、人を現前するただ一個のものとはみない。「むかしむかしのものたちが、幾代にも重なり合って生まれ、ひとりの顔になる」(『十六夜橋』)ととらえ、その〈かさなり〉に、しばしば〈累〉という漢字をあてた。〈累〉とは、このましくないかかわりのことである。いつかの手紙では自作について「悲哀だけで成り立っている」と書き、けっきょくはそのように作品をけんめいに彫琢(ちょうたく)してしまうことの、〈累〉の悲しみから逃れえないさだめをほのめかしている。わたしの生き方をも〈累〉の窓からごらんになっていたのではないだろうか。


●「苦海浄土」石牟礼道子さん死去 〜 患者の魂を言葉に
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=152176

●日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち 第6回 石牟礼道子(動画)
https://youtu.be/UA35VnzZ-3Y

●水俣病"真の救済"はあるのか〜石牟礼道子が語る〜
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3234/1.html
https://youtu.be/aYpRG6T-AVo (動画)

●石牟礼大学「いま石牟礼道子を読む」
https://youtu.be/DXYzOk7aebA
https://wan.or.jp/article/show/4133

●石牟礼道子さんの思い出(一樹の蔭、一河の流れ)
http://bronte.at.webry.info/201802/article_1.html
方言丸出しに綴られる言葉の数々は、読み終えたわたしに何としても水俣へ行って、自分の目で確かめずにはいられない、そんな気持を起こさせたのです。ある日、当時の国鉄久留米駅から列車に乗り、鹿児島本線を南下して水俣で下車。駅前からまっすぐ続く道の先にはチッソの工場が見え、雨の中をを歩いていくと工場正門横にテント小屋がありました。ここで患者さんや支援者などが、座り込みを続けていることを知っていたのです。

テントに着くと中は思ったより広くて数人がいましたが、出入り自由らしくわたしに気を使う人はありません。1時間ほどして石牟礼道子さんが顔を出され、その後、テントにいた胎児性水俣病患者の少年に、チッソ工場の排水口や湾ぞいの集落などを案内してもらいました。言葉も歩き方も不自由な少年でしたが、臆することなく自分の不安や希望などを熱心に話してくれたのでした。


●石牟礼道子 はにかみの国(松岡正剛の千夜千冊)
http://1000ya.isis.ne.jp/0985.html
 石牟礼は『苦海浄土』について、「白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの、である」と書いている。
 まさにそうなのだ。そう言われて、気がついた。ぼくも、いま思い出しても、『苦海浄土』は長塚節の『土』や住井すゑの『橋のない川』と似た作品のようには読まなかったのだ。そこから説経節や浄瑠璃に近い調べを聞いたのだった。が、そのときはそれが幻聴のように思えた。
 それが幻聴ではなかったことは、『十六夜橋』(径書房・ちくま文庫)を読んだときにわかった。この作品は、不知火の海辺の土木事業家の一家と、そこにまつわる3代にわたる女性たちや石工や船頭たちに流れ去った出来事が夢を見るように描かれていて、むしろ幻聴そのものを主題にしているかにも見えるのだが、読めばわかるように、かえってそこにずっしりとした「持ち重り」が輝いていた。それが『苦海浄土』以上に鮮明になっている。


●コラム凡語:石牟礼道子さん(京都新聞)
http://kyoto-np.jp/politics/article/20180214000049
 10日に死去した熊本在住の作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)さんの祖母、モカさんは精神を病んでいた。幼少時、祖母に付き添うのは孫娘の役割だった。不知火海のほとりで遊ぶ時も、祖母と一緒だった。

 自伝的作品「椿の海の記」では、「おもかさま」と周囲に呼ばれた祖母との暮らしが描かれる。人々は「おもかさまには荒神さんがついた」と言い、つかれたように孫を連れて歩き回る祖母を受け入れていた。


●石牟礼道子氏と渡辺京二氏 傘寿迎えた2人の作家の共助関係
http://www.news-postseven.com/archives/20110216_12817.html

●石牟礼道子おすすめ作品5選!水俣病を扱った『苦海浄土』など魂に響く5冊
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/1466

●〈時の回廊〉石牟礼道子「苦海浄土」 水俣病患者の魂、代弁
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201111100196.html
 おととしの夏、倒れて大けがをしたとき、記憶を2カ月半なくしました。幻覚はよく覚えています。千尋の谷に落ちる私の足から、チョウが太古の森へ飛びたったのです。あれは私の命かもしれません。こずえの葉が海風に震え、いい音楽が聞こえました。そう、幻楽四重奏。チョウの私はアコウの木の枝にとまり、幸せでした。そのあたりからこの世に帰ってきました。

 私は天という言葉がいちばん好きです。40年ほど前、水俣病の運動のさなかに、こんな句をつくりました。

 祈るべき天とおもえど天の病む

 天とは宇宙ですが、天と言った方が感情を託せます。あの地震のことも引っくるめて宇宙に異変が起こっています。私のなかで天は、今も病んでいますね。


●梟通信〜ホンの戯言
http://pinhukuro.exblog.jp/tags/石牟礼道子/

●不知火のほとりで(毎日新聞連載 会員用)
https://mainichi.jp/ch150913328i/不知火のほとりで

●石牟礼道子「魂の秘境から」
http://umit2011.pro.tok2.com/isimuremitiko1.html
朝日新聞連載のエッセイ「魂の秘境」や関係資料が読めます。
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2017年12月17日

あしながおじさん

今日、山口までの往復で「あしながおじさん」を読みました。この話を最初に読んだのはいつだったのか覚えていないのですが、ともかくこの話が大好きでした。今、書棚にあるのは古本屋でかった旺文社文庫版(中村佐喜子訳)。今日読んだのは、岩波少年文庫版(谷口由美子訳)をスキャンしてタブレットに取り込んだもの。なんでこんなにいっぱい買ってるのかなあ(笑)。

前回読み直したのは佐野洋子さんの「ふつうがえらい」にはいっている『こんな女の子と暮らしたい』を読んだからでした。佐野洋子さんがはじめてこの本を読んだのは中学一年のとき。とても愉快で楽しい思いをされたそうです。ところが平成になった頃(?)読み返したとき、なんと読みながら大泣きしたんだそうです。どこで泣くのかというと、ジュディがとっても幸せなところで泣くんです。あしながおじさんができる唯一の愛情表現は金もしくはプレゼントを贈ること。なので、その愛の表現が送られてくると、どっと涙が出てしまうんだそうです。そして、佐野さんは、この小説は楽しく明るいジュディの学生生活の向こうにいるあしながおじさんの心理小説なのだ、○十六の男が二十一歳の女の子に手玉にとられてしまったのだと語ります。あしながおじさんはやきもきする立場しか与えられず、来る手紙来る手紙がどんなにスリリングなものであったろうと同情するのです。そしてラストで一番たくさん泣くのでした。佐野さんの文章を読むとこの本を読まずにいられなくなります。

今回、読み直したのは、15日の山陽新聞夕刊・文化エンタメページに、大宮エリーさんという方が『あしながおじさん』を取りあげたエッセイを読んだからです。大宮さんは若いときには何度トライしても投げ出してしまったんだそうです。時を経て大掃除中に見つかったこの本を読み始めて、驚いたのでした。ぐんぐん引き込まれたのでした。ジュディの書く手紙のディーテールのすごさに、これはおしゃべりそのものだ、彼女の手紙は語りかけてくる、こんな手紙を日々もらい続けたらどんなに心が温まるだろう……と書いておられます。

佐野さんが『赤毛のアン』のアンよりも、『若草物語』のジョーよりもジュディが好きだあると書いておられるのと同じで、ぼくもジュディが大好きです。ジュディはとても賢く、しかもユーモアにあふれる女性です。たとえばある日の手紙の最後の部分を引用してみます(岩波少年文庫版):

日曜日
 きのうこれを出すのを忘れてしまいました。ですから、腹の立ったことを付けくわえさせてください。今朝、礼拝のとき、教会の監督さまがみえて、その方がなんておっしゃったと思います?
「聖書に語られた、わたしたちへのもっとも慈悲深い約束のことばとは、『貧しい人々はいつもあなた方といっしょにいる』(「マタイによる福音書」より)ということばです。貧しい人々は、わたしたちをあわれみ深くするために、存在するのです。」
 考えてみてください、これじゃまるで貧しい人々が、有益な家畜のようじゃありませんか。もしあたしがこんなにすばらしい女性に成長していなかったら、きっと礼拝のあと、その方のところへ行って、自分の気持ちをぶちまけていたでしょう。


※上では「マタイによる福音書」とありますが、旺文社文庫版では「新約聖書マルコによる福音書十四章7節。『貧しい人たちはいつもあなたがたといっしょにいるから、したいときにはいつでも、よいことをしてやれる』」となっています。どっちが正しいのかなと思って調べたら、両方に出ていました。Wikipediaって便利ですね〜。

マタイによる福音書 >> 26:11
マルコによる福音書 >> 14:7

※そんなに賢い女性なのに、どうしてあしながおじさんの正体が分からないのかと、やきもきしながら読んでしまいました。まあそこがいい所なんですけど。

この本の魅力はジュディの手紙の魅力にもよるのですが、もうひとつ、挿絵もすばらしいです。ウェブスター自身が描いているそうです。「へたうま」の元祖です。で、この挿絵にはところどころにキャプションがついているんです(原作ではもちろん英語)。上の2つの日本語訳を比べてみると、そこのところの訳は独自のものを使っているんですね(当然かも)。例えば、手紙の中で最初に出てくるジュディの絵でくらべてみます。

英語版はこちら(新潮文庫版はこれをそのまま?)
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なんだかあまり見たことのない表現が使われていますね。Rear Elevation とか Front Elevation って……どうも製図で使う用語のようです。背面図と正面図。ジュディは幾何の講義をとっていて、円柱とか円錐を習ったようですから、そこで出てきたことばなのでしょう。早速使うところが楽しいじゃないですか。

岩波少年文庫版ではここは「孤児の図 うしろ向き 前向き」、旺文社文庫版では「孤児の像 後ろ向きの図 正面図」となっています。岩波の方はやや子ども向けかも。

何度でも読み返したい本です。
posted by dunno at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書