2017年09月15日

松本旅行2017(5) 寺・神社(お宮)他

最後はお寺や神社・樹木・石などなど、残っているものを載せます。

まず最初に紹介するのは信州大学キャンパスの中の石捨て場(?)。

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誰かがわざとしているのでしょうか、奧のコンクリート擁壁の上に形の良さそうな石がずらっと並んでいるんです。展示してあるみたいに。

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集会の行われた理学部講義棟のすぐそばでした。
そしてその講義室の椅子はなんとピンク色でした。いいですね。

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次は大安楽寺です。

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次に大安楽寺を西に進んで「紙すき川」の名残の解説版のあったところを裏町取りへ下る道筋でみかけた風景を載せます。

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また大安楽寺方面に戻ってしまうんですが。大安楽寺のすぐ北にある岡宮神社にはとても変わった木があります。まるで人の鼻みたいなコブがあるんです。

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ちっちゃなコブのある木もあります。
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こんな木も……
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それからこんな木も……。向こうに大安楽寺が見えます。
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百度石です。
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遊びに行ったわけではないのですが、朝・夕と色々見ることができました。来年の8月は松本でトポロジー・シンポジウムがあります。また松本に行けるのが楽しみです。
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松本旅行2017(4) 古い家・緑に覆われた家

松本には、古い家もまだたくさん残っています。それから驚いたのが蔦などの緑に覆われた家や建物が多いこと☆
この記事ではそのような建物の写真を載せます。

とても印象に残ったのはこのお店の看板です。本当に綺麗な黄色でした。
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その隣には緑に覆われた建物がありました。
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そしてこのふたつの建物の正面、やや離れたところにこんなすごい建物が!
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このベランダには出られないでしょうね。

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また緑に覆われた建物です。

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最後に信州大学のキャンパス内にある建物です。「球松本歩兵第五十連隊糧秣庫」だそうです。
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次の記事で松本旅行レポートのおしまいのハズです。
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松本旅行2017(3) レトロな建物

この記事ではレトロな建物をいくつか紹介します。

まずは、深志橋の北、総堀の東側にある医院です。
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2軒ならんでいます。右側のがすごいですね。古い医院はたくさん見かけました。あまりに多いのでもう撮るのをやめました。

深志橋の信号から少し南に下って、道がやや左に折れるようになっているあたり(この南北の通りを上土通りといいます)は大正ロマンの街と呼ばれているそうです。レトロということばがぴったりの地区です。

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↑ここは「水」の記事で載せた「東門の井戸」の場所です。

レトロ……ではないけれど、上土通りに営業を停止した(多分)映画館が残っています。
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南にもレトロなビルがさらに続きます。
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これは写真館だったかな? 店の前に古い道具が陳列してあります(ガリ板の道具など)。
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下のこれはどこだったかな……。忘れてしまいました。
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続きます。
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2017年09月14日

松本旅行2017(2) 松本の水

松本は涌水・井戸の多い町でした。街のあちこちに井戸があるんです。次回は水筒をもって歩きたいと思います。
懇親会のときにある方から伺ったのですが、お連れ合いのご実家が安曇野で、そこの涌水の味はまた違うんだそうです。ぜいたくな話ですね。

さて、色んな場所の水を紹介します。

最初は高砂通り(人形町通り)の「源智の井戸」です。
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下は「上土・下町会館」前の「東門の井戸」です。
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信州大学の東門を出ると女鳥羽川が流れていました。ココあたりでは南北に流れています。橋の上から、南方向・北方向を撮ってみました。
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最終日の朝、小雨が少し降っていましたが、次第にやんでくれました。大雨でしたらバスに乗ろうと思いましたが、この日も歩いて通うことができました。大学に行くのに一番簡単なのは東町通りを北上すること。この朝は、一本東のまっすぐに伸びた道を行くことにしました。裏町通りというんでしょうか……。けっこう雰囲気が好きです(笑)。
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ふと見ると「鯛萬の井戸・入り口」という札がかかっていました。あとで調べたのですが「鯛萬小路」という細い道の入り口でした。井戸があるのなら入ってみたいです。なんだか妖しい雰囲気があったのですが、朝ですからまあ大丈夫……。細い道が続きます。

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奧に巨大なマンションが見えるのを確認してください。その前に見えるのが「鯛萬の井戸」でした。

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ちょうど、自転車を転がして水を汲みに来られた方がありましたので、「ここの水はおいしいんですか?」とうかがってみました。そうすると「珈琲をいれるときはここの水を使うんですよ、水道の水とは全然違います」と教えてくださいました。出かけるときはよく水の容器を自転車で運んで、チャンスがあれば水を汲むんだそうです。どっから来たのかとかそういう話になって岡山だと答えると、最近倉敷にいったばっかりだということでした。3回目だそうです。倉敷がお好きなようでした。水を汲むところを撮らせていただきました。

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また、もともとすぐそばの大きなマンションの建っているところに鯛萬という立派な料亭があったんだと教えてくださいました。それが井戸の名前の由来なんだそうです。

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すぐそばの古い建物。ここで鯛萬小路は北に向きを変えます。
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鯛萬小路がぶつかる通りです。西に戻ります。「ようこそ、うら町へ」と書いてあります。
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また裏町通りにきたので、北上します。葭町という交差点に松本名物があるので、水とは関係ありませんが、写真を載せておきます。
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これは何のお店だったかというと……その答えは裏町通り側にありました。
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読めますか?「早川履物店」だったんですね。「運動靴」「ゴムくつ」なども読めます。上の方には多分「アキレス」とか「アサヒ」とか書いてあるんでしょうか。
この店が好きなので、三日間、毎日必ず1回ここに来ました(笑)。

ちなみにここで西にまっすぐ歩いて行くと松本城総堀にかかる「深志橋」に行きます。

西に曲がらず、さらに北上します。裏町ほどの情緒はないですが、ところどころ古い家があったりします。
有名な井戸とは規模が違いますが、「庶民の井戸」というのもありました。
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さてこの道をずっと北上していくと、T字路にぶつかり、そこにこんな案内板がありました。
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「紙すき川(横田溝渠)」という川があったんです。でも今は水も涸れ、小さな溝になってしまっています。
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ちなみにこの東西の道を右にいくと「大安楽寺」があります。

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その手前で左折して北上すると「岡宮神社」があります。この「岡宮神社」には面白い木があるので後で写真を載せます。

最終日の講演は12時で終わったのでまた歩いて、「岡宮神社」に寄って、まっすぐ南に下り、女鳥羽の交差点を渡り、料亭鯛萬のあったマンションの東あたりを歩いたりしました。

突き当たりにも面白い建物がありました。窓がいい雰囲気です。
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そこで振り返ると鯛萬のマンションが見えます。

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突き当たりを右折し、次の角を左折すると、また女鳥羽川に出会いました。ここらあたりから東西に流れています。

橋(多分、念来寺橋)からまた写真を撮りました。
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その隣の鍛冶橋を南に渡って少し進むと左に「伊織霊水」というのがありました。
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右隣には霊水の名前の元となったと思われる鈴木伊織という方の墓所がありました。
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日の出町通りに出ます。

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ずっと西に行くと中町通りに来ます。そこにも井戸がありました(無名?)。
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食事をして、前の記事で書いた伊東石材店に行ったわけです。せっかく松本にきたので、ついでに松本市美術館にも行きました。特に見たい展示はありませんでしたので、「水」玉だけ写真に撮ってきました。
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そのあとあがたの森公園に行きました。少し雨がぽつぽつし、風もかなり強くなってきました。池の写真を載せておきます。
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水と言えば松本城のお堀も水ですね、載せておきます。

深志橋から見た総堀。
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総堀の料理屋さん
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外堀
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内堀と天守閣
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2017年09月13日

松本旅行2017(1) 伊藤博敏さんの石アート

9月5日〜7日、信州大学で開催された研究集会に参加しました。宿は松本駅の近くにとり、毎日大学との往復で少しずつ経路を変えて、松本の町を楽しみました。初日は、お昼頃に松本駅に到着し、駅ビル4Fで食事をして、真っ先に向かったのが伊藤石材店(松本市中央3-7-20)でした。

松本駅お城口からまっすぐ走っている道から大橋通りという道に折れてすぐの場所にあります。実はこの石材店をやっている伊藤博敏さんは石屋さんであるとともに、非常にユニークな石の作品を作るアーティストでもあるのです。作品をネットで知って、一度観に行きたいと思っていて、やっと夢がかないました。ぼくの得ていた情報では、店の二階がギャラリーになっていて、いつも開けているわけではないということでしたのですが、まあ、三日間あるのだから一日ぐらいは開いているだろうと期待していました。

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お店自体は開いているようでしたが、中で女性が机に腰かけて仕事をしておられて、入ってもいいものかどうかよくわからなかったのですが、ダメ元で、閉まっていた玄関の脇の開いている別のドアをノックして声をかけてみましたら、どうぞ、ということなのでお邪魔させていただきました。作品は2階ではなく1階にぐるりと展示してありました。

事務所兼ギャラリーの様子がよくわかる写真がありますので、「まつもとクラフトナビ」というサイトの紹介ページをリンクしておきます:

http://www.craft-navi.net/gallery/383.html

石のアートのギャラリーは「自遊石」(もしくは「自遊石PLUS」?)という名前です。そのサイトが二つあるようです:

http://www.jiyuseki.com/ こっちが「自遊石」?
http://www.jiyuseki.net/ こっちは「自遊石PLUS」? よく違いがわかりません。

ブログも二つあります。
http://scrap.jiyuseki.com
https://www.jiyuseki.net/blog

あっちこっちに作品の画像がありますからたっぷり楽しんでください。一番好きなのは、「料理」シリーズかな。石を包丁で切っている作品ってとても面白いです。あ、もちろん石にファスナーがついている作品もいいです。

これらの作品は販売していないようで値段はついていませんでした。ただ、他のアーティストさんの作品や、ちょっとした「台」のようなものは販売していたので500円の「台」と、作品の絵葉書を購入しました。

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事務所におられたのはたぶん奥様ではないかとおもうのですが、仕事の手を止めて、いくつかの作品を解説してくださいました。ぼくが手にしていた吉田キミコさんのトートバッグに目を止められ、いいですね、と言ってくださいました。嬉しいですね。

吉田キミコさんのサイト
http://www.kimicoyoshida.com

お店に着いたのが1:15頃。そこから信州大学まで徒歩で30分ぐらいかかるので、お店におれたのは15分か20分ぐらいでした。ギリギリ間に合いました。

最終日はお昼頃に講演が終わったので、またぶらぶら歩きながら、伊藤石材店に行ってみました。途中でお昼ご飯を食べたのでお店に来たのが1時を少し過ぎていたころでしたが、なんだか雰囲気が違うなと思ったら、事務所のウインドウに半分スクリーンが下されていて、ドアのそばに"SORRY! WE'RE CLOSED"の札が出ていました。残念!

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でもウインドウ際の作品の写真を勝手に撮らせてもらいました。

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石の好きな方、ぜひ行ってみてください。また各地で個展も開いておられるので、運のよい方はそちらでご覧になってください。
タグ:松本
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2017年09月12日

松江旅行2017(10)三日目・その3・阿太加夜神社

いよいよ最後の目的地『阿太加夜神社』へ向かいました。
よみかたは「あだかや」と、「た」が濁るようです。

参道は、出雲街道から始まります。左斜めに出雲街道から逸れます。

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少しいくと出雲街道とほぼ平行に走っている国道9号線にぶつかります。横断歩道も信号もないので、車に気を付けて渡ります。

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この場所はホテル「ルート9」というのがとてもいい目印になています。車で行かれる方はそれを見つけてください。まあ、最近はナビがあるので大丈夫でしょうけど。

まっすぐいくと、いろいろ地図だとか説明だとかがいっぱい立っています。

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ここからは見えませんが、神社の裏に流れているのが「意宇川(おうかわ・おおかわ)」です。画像では読みにくいですがこのあたりの地名が「出雲郷」で、「あだかえ」と読みます。難しいです。「阿太加夜神社」を「あだかえじんじゃ」と読むこともあるそうです。

「あだかえ・あだかや」論争(?)については、こんな情報もあります:
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000036998
『日本地名大辞典』『島根県大百科辞典』によると「あだかや」であるが、東出雲町役場では「あだかえ」を使っている。

なおさらどう読んでいいのかわからなくなりますね。

入口の写真
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境内には大きな木がいっぱい。そしてその周りにはいろんなものが飾ってあります。

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いい場所ですが……草がかなり茂っていて、蚊が襲ってきます。

一番驚いたのはホーランエンヤの船が5艘、境内に置いてあったこと☆

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まさか船が見れるとは思ってもいませんでした。ラッキーです。

「特別神社 阿太加夜神社」というカラー印刷の第2号が置いてありました。それによると次のホーランエンヤの日程は以下の通りだそうです:

神幸祭日程
[渡御祭] 平成31年 5月18日(土)
[中日祭] 平成31年 5月22日(水)
[還御祭] 平成31年 5月26日(日)

阿太加夜神社総代会の facebook ページもあって、そこにはこの「おたより」の第3号が載っていました。2号は4ページありましたが、3号は2ページだけです。あ、もちろん1号(2017年1月5日)や2号(2017年6月30日)も読めるようになっていました。

facebook page

おたよりの特別号というのもありました(2016年7月28日の記事)。

境内ですが、木の根元の周りの飾り物がとてもいい雰囲気です。藁でできた塊のようなものは龍らしいです。
http://www2.izumo-net.ne.jp/oyashiro/matsue/cat79/
https://www5.hp-ez.com/hp/nakasa/page42

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お稲荷さんも一緒にあります。
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資料として面白かったのはこちら:
「蘇える出雲王朝」
阿陀加夜努志多伎吉比賣命は渡来の神か? (1) 阿太加夜神社
http://yomiagaeru.exblog.jp/23775440/

また同じ敷地内なのか隣接しているのかわかりませんが、そばに歌碑がたくさんあります。
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裏から意宇川の方に抜けました。この川をわたり、川沿いに北へしばらく進み、あとは田んぼの間を適当に進んでいくと東松江の駅に着きます。

こんもりとした森は神社の森です。
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もう一部は稲刈りが終わっていました。とても色がきれいです。
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東松江駅についたのが12時少し前。およそ3時間ちょっと歩きました。

なお、この駅は無人駅で、切符売り場もないようでしたが、ICOCA や SUICA が使えたので無事松江に帰ることができました。揖屋駅は駅員さんがおられます。

松江駅でうどんを食べて、一畑百貨店の栗の木のベンチで休んだあと、岡山に戻りました。楽しい旅でした。
タグ:松江
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2017年09月11日

松江旅行2017(9)三日目・その2・揖夜神社

続きです。

黄泉比良坂から揖夜神社まではそんなに遠くありません。まっすぐ歩いていき、山陰線の踏切をこえると、その先でちょっと大きい道に来るので、その角を左折するとすぐ9号線の下をくぐってあとはそのまま一本道。あとで分かったのですが、これはいわゆる出雲街道と呼ばれる道なのでした。出雲街道は姫路から出て津山を通り松江/出雲にいたる道です。岡山県内では土居、勝間田、津山、坪井、久世、勝山、美甘、新庄などを通ります。

さてこの出雲街道を歩いていくと、左手にちょっとした小高い丘というか山というかこんもりした場所があり、そのふもと(左手)に消防団の建物があり、続いてドアが蔦で埋もれたような家が一軒あり、それと次の建物(工場)の間に、斜めになった粘土質の地層が見えるんです。とてもきれいです。

ストリートビュー

ちょっと入り込んでその崖の写真を撮らせてもらいました。

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このあとまた周りはやや平らになります。

そして電柱にお祭りのための通行止めのお知らせが立てかけてありました。

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通行止めは8月28日の夕方6時から。そう、ぼくたちがここを歩いたまさにその晩、揖夜神社でお祭りなのです。それはネットでも調べていました。毎年8月28日は、盛大な船神事『一ツ石神幸祭(ひとついししんこうさい)』と五穀豊穣を祈る『穂掛祭(ほかけまつり)』が行われるのだそうです。そして提灯がたくさんともされとても美しいのだそうです。でもその時間にはもう岡山。残念ですが仕方ありません。

もう少し進んでいくと揖夜神社の森かと思われるようなこんもりと木の茂った小山に近づいてきます。

ストリートビュー

実はこのあと、もう少し進むと揖夜神社があって、その手前に山に登れる階段があるんです。それを登って別ルートで降りようとしたら、上のストリートビューの場所の倉庫のすぐ裏まで戻ってこれたのですが、そこからが1メートルくらいの小さな段差ができていて、ジャンプすれば降りれそうではありましたが、草が茂っていて下の様子がよくわからなくて、危険なことはやめてまた山の上に戻りました。とても懐かしい場所でしたが写真には撮れなかった(そこまで戻らなかった)ので自分のためにここにリンクしておきました。

上のストリートビューの場所を先に進むと左手に大きな崖が迫ってきます。いかにも柔らかくて崩れそうな感じ。

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おまけにこんな標識が!!!

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「落石注意」と言われても困ってしまいます。

見上げると本当になにか落ちてきそうです。石だけじゃなくて木まで落ちてきそうです。

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さらに進みます。すると見えてくるんです……洞窟が☆☆☆☆☆ これは意表を突かれましたが、粘土質の柔らかい土なんでしょうね。簡単に掘れそうです。でも簡単に崩れてきそうです(笑)。

ストリートビュー

自分で撮った写真もどうぞ。

あっちから見たり、こっちから見たり……。
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なんか「ほら穴」って魅力的ですよね。

ストリートビューで見ると、このほら穴ひとつだけのように見えるでしょ? でも違うんです。ほら穴のそばの家はもう無かったんです! で隠れていたふたつの穴も、今は見れるようになっているんです。

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もっとあるのかもしれませんが、3つも見れば十分幸せになりました。

その先に揖夜神社(伊賦夜(いふや)の社)が見えてきます。船神事の準備をしておられました。

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そちらに向かう前に、今の崖の上に行ってみました。なんでも桜の名所にしようと上に「夜見路庵」というあずまやがあるのだそうです。もともとこの丘に「夜見路庵越」または「夜見路」とよばれる古い道があり、近くの谷を「夜見路谷」といっていたそうです。それをとって「夜見路庵」と名付けたそうです。登って行って最初に目立ったのは「黒柳千吉」と読める石碑です。嘉永の時代の相撲取りだったらしいです(裏にそう書いてあった)。昨日は雷電、今日は黒柳千吉。相撲取り続きです。

参考:松江市議会議員・野々内誠さんのブログ
「夜見道庵の掃除です」
http://blog.livedoor.jp/m_nonouchi/archives/12199521.html
「今日はボランティアの日」
http://blog.livedoor.jp/m_nonouchi/archives/3693635.html

夜見路(?)をどんどん降りていきました。とても気持ちのいい道です。
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ところが最後に降りる道が無くなってしまいました。
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ツレがもう下に降りているように見えるかもしれませんが、このときの高さが倉庫の屋根と同じくらいかもしれません。右に進むと少し低くなりますが、そこに木の枝や草がいっぱいで降りるのが難しそうでした。

というわけでまた元に戻って揖夜神社に行きました。茶色の石板に「伊賦夜社(揖夜神社) 風土記の時代は「揖屋」は「伊賦夜」と書かれた」と書いてあります。その隣に見えるのは灯篭を支える亀ではありませんか☆ 顔や手が壊れているのがかわいそうです。

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この向かいにも亀がいました。下の写真にちらっと写っているのが見えるでしょうか。

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ずっと奥に本殿もちらっと見えます。

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中に入る前に、船神事の準備の様子を撮らせていただきました。

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揖夜神社の解説板

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境内の写真をどうぞ。

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貼られたいたポスターや案内など:
「出雲國 意宇(おう)六社めぐり」
(「意宇」というのは昔あった「郡」の名前だそうです)
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「よもつひらさかマップ」
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「ここも 日本」※竹島は日本領土だという主張のポスター(^^;
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さきほどはほとんど写っていなかった方の亀です。こちらは顔や手が壊れていません。

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壊れている方ももう一度:
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お祭りは見れませんでしたが、静かな空間でいい気持になれました。特に何の信者ということはないのですが、ロシア正教の寺院でも、神道の神社でも、お寺でも、ぶらぶらするのは好きです。

さて、このあたりで揖夜神社にわかれをつげ、阿太加夜神社へ向かいます。普通の道路ですが、それほど無茶苦茶車が走っているわけではないので安全でした。

しばらく歩いていくと右手に工場がありました。ず〜〜っと中の方まで工場が続いています。とても大きい工場です。びっくりしました。「三菱マヒンドラ農機株式会社」と書いてあります。

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その先左手の古い民家の前にこんな解説がありました。

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「三菱農機(株)の前身、佐藤造機の創業者佐藤忠次郎が生前暮らしていた旧居」で今は「佐藤忠次郎記念館」になっているようです。「三菱農機(株)」と書かれていますが、その後「三菱マヒンドラ農機(株)」に変わったのでしょう。

マヒンドラというのはインドの会社の名前だそうです:
Wikipedia

この佐藤忠次郎さんが昭和15年に黄泉比良坂の石碑を立てた当時の町長さんだった人なんですね。なるほど。

では三菱マヒンドラ農機の建物の写真をもう2枚どうぞ。

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その先に「出雲街道」の解説札が貼ってありました。

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では次(松江シリーズ最終回)に続きます。明日載せられるかな?
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2017年09月10日

松江旅行2017(8)三日目・その1・黄泉比良坂(よもつひらさか)

さて、三日目、最終日です。旅の前日、最後の日の予定を検討していてみつけたのが「黄泉比良坂」(なかなか漢字変換に苦労します)です。

黄泉比良坂(よもつひらさか)〜黄泉の国の入口
https://www.kankou-matsue.jp/kankou/bunka-rekishi-shizen/meisyo/page60.html

昨年の2月、寮美千子さん・文、山本じんさん・絵の『絵本古事記 よみがえり イザナギとイザナミ』が発売され、大阪のアラビクで原画展が開催され、翌日、奈良で記念イベント(朗読劇)も実施されとっても面白い体験をしました。

山本じんさんと寮美千子さんの追っかけで大阪・奈良に遠征☆
http://flim-flam.sblo.jp/article/173790318.html

その舞台となった黄泉比良坂が実際にこの世に存在するとは知りませんでした。これは逃せません。最寄りの駅は松江から普通で2駅離れた揖屋という駅。すごく松江から近いのです。そして、黄泉比良坂とセットになっているのが、揖夜神社。このふたつに行ってみよう……と考えていました。ところが、第一日目に行ったホーランエンヤ伝承館で、城山稲荷からでた神輿が届けられるのが阿太加夜神社ということを勉強して、ホテルに帰ってから調べると、この阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)は松江の隣の東松江という駅と揖屋駅の中間にあるっていうことがわかったのです。これで、予定が決まりました。

松江駅→揖屋駅→黄泉平坂→揖夜神社→阿太加夜神社→東松江駅→松江駅

朝食はまた松江駅のリトル・マーメイドですませ、8時半ごろの各駅で出発。じきに揖屋駅に着き、線路の反対側に跨線橋で越えました。山陰道(9号線)に出て東に歩き、少し登り坂になったころ、右に折れる道があるのでそちらに曲がりました。

参考になるかもしれませんので、GoogleMapで示しておきます。324と書かれた道です。そのあたりの地名は「附谷」となっています。

Google Map 黄泉比良坂

附谷一区と三区の境あたりに黄泉比良坂へ向かう細い峠道があります。案内板が出ているのでわかります。上の地図で小さな池の見える場所です。

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本当に細い道です。左に小さな池が見えます。この季節、すごく蚊が多いです。写真を撮ろうと立ち止まると必ず蚊が押し寄せてきます。写真がぶれているのはそのせいです。

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峠を越える道ですが、伊賦夜坂という名前がついているようです。後に出てくる案内板のアップで赤い点線で描かれている道です。ともかく、その峠にあたる部分にたぶん道祖神(塞の神・さえのかみ)があったのだと思います。蚊から逃げるのに忙しく見落としてしまいました。その峠のところで道が分かれています。尾根に沿って右にのぼっていく道を進んでしまいますとこんな看板に出会います。

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こっちには進めないんですね。夜見路などの「夜」のつく地名・名前が多いです。ともかくこっちには進めないので峠の分岐まで戻って、もうひとつの道(こちらは直進に近い)を行くとすぐに池のある開けた場所にでました。

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我々はこの←を反対に歩いてきたわけです。ここが目的地でした。

色んな解説板がありました。

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この(↑)解説によると、今歩いてきた伊賦夜坂が黄泉比良坂だと書いてあります。確かにひたすら走って逃げたいような坂道でした。まあ、追いかけてくるのが醜女やイザナミではなくて蚊だったんですが……。ここに来る前にツレが「桃を持っていこうか」と言ったのを「大丈夫だよ」といって無視した罰が当たったのかもしれません。でも桃より防虫スプレーの方が効きそうです。蚊の季節に歩かれる方はぜひご準備ください。

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↑この画像で赤い点線の部分が伊賦夜坂です。なんとおそろしいことに、この細道で映画を撮った人があるんですね、夏ではなかったのでしょう。

下の写真は桃の木です。
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鳥居のようなものでしょうか。
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これが昭和15年に建てられた石碑でしょう。
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この場所には解説の印刷物が置いてあって持ち帰ることができるのですが、それによると、
昭和15年7月に、当時の揖屋町長であった佐藤忠次郎(佐藤造機(株)(現三菱農機(株))創設者)が、皇紀2600年事業として、平賀地区に「神蹟黄泉比良坂伊賦夜坂伝説地」と彫られた石碑を建立しました。

と書いてあります。この名前を覚えておいてください。この印刷物にはほかにも
島根県東部に位置する東出雲町の揖屋(いや)平賀(ひらか)地区には、今でも伊賦夜坂があり、「平賀」という名称も「比良坂」が変化したといわれています。またイザナミが黄泉の国に隠れた後をつけて通った谷を「つけ谷」と呼びますが、今の伊賦夜坂入口も揖屋附谷(つけだに)地区にあり、他にも名残ある地名などがあります。

というような説明もありました。

川京の方が「大きな石がある」と言われたのはこの石のことのようです。
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ここにはやまももの木がありました。
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石の写真をもう少し載せておきます。
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黄泉の国へ届く郵便ポスト:
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先ほどの石柱を反対側から撮ったもの:
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全景:
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十分満足したので次の目的地である揖夜神社にむかいました。

続く
タグ:松江
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