2018年07月26日

大橋場〜烏山神社〜世田谷文學館(4)

(続きです)

すぐそばに団地があってその隙間みたいな小道(烏山川のあと?)を通って世田谷文學館に行きました。

公式サイト
https://www.setabun.or.jp/

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建物はとてもきれい☆

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上の方の写真にもあるようなイベントもあるようでしたが、常設展だけ観ることにしました。北杜夫特集をやっていました。父親の資料の方が多かったかな(笑)。

10時過ぎに入館しましたが、10:30から「ムットーニのからくり劇場」のAプログラムが上演されるというのです。知らない人は、それって何? 美味しいの? 状態だと思います。

まずはムットーニさん(武藤さんという日本人です)のサイトにリンクしておきます。
http://www.muttoni.net/index.html

からくりを作られる方なんです。電気仕掛けでとても綺麗です。

YouTubeにもいっぱい動画があるようです。

世田谷文藝館では一時間ごとにAプログラム、Bプログラムを交互に上演していました。残念ながらBプログラムまで見ている時間はありませんでした。(上演されていないときもモニターに映像が流れているので、それを観るだけでも面白いです。でもやはり実物がいいかな。)

Aプログラムでは「スピリット・オブ・ソング」「眠り」「漂流者」「アローン・ランデブー」の4作品が上演されましたが、この中の「眠り」と「アローン・ランデブー」が特によかったです。

「眠り」では、女性が鏡にむかっているんですが、後半、鏡の中の女性が動きを変えるんです! 映像の方であらかじめ観ていたのでしっかりそのあたりは注意して観ました。つまりまあ、鏡と思ったのはガラスなんです。硝子の向こう側が暗い時は、反射して鏡状態なのですが、ガラスの向こう側にライトがあたるとそれの方が見えてきちゃうんです。そうはわかって、なんだか幻想的な不思議な光景が繰り広げられます。必見です☆

最後の「アローン・ランデブー」は事故で宇宙空間に放り出された宇宙飛行士のひとりの話。お互いどんどん遠ざかっていきひとりぼっちになり、最後は地球の引力に引かれて落ちて行き、流れ星になってしまうという悲しい物語(音楽はマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』)。

ああ、そういえば「漂流者」も船から身を投げたおとこがゆっくりゆっくり落ちていくんですが、あんまりにもゆっくりと落ちていくので、乗っていた船はとっくに遠くに行ってしまい、ひとりぼっちで永遠に落ちていく……と言う話。これもよかったかも。

今回は上演が無かったのですが、文藝館のコレクションの中には、萩原朔太郎の「猫町」もあったんですね。これは観たかった! 時々展示替えがあるそうです。お近くの方はぜひお出かけください。

見終わって、売店で買い物をしました。買い物リストは以下の通りです:
(1) ムットーニさんデザインのクリアファイル式チケット入れ。漂っている宇宙飛行士の絵も描かれています。「スピリット・オブ・ソング」の天使も描かれています。
(2) 澁澤龍彦の写真の絵はがき2枚
(3) 萩原朔太郎展の図録
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※これは自分用に一冊、そして朔太郎君というとてもとても可愛い男の子へのプレゼントとしてもう1冊。まだ彼には読めませんが(^^;。この日も上りの新幹線の中で朔太郎の『猫町』を読んだところだったんです。これが一番好きな作品。

思いがけない、面白い場所でした。
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大橋場〜烏山神社〜世田谷文學館(3)

(続きです)

いよいよ烏山神社に着きました。正面の鳥居です。

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くぐり抜けると4本、椎の木があるはずなんですが……。

これらの木でしょうか。

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3本?

まあ、とりあえず本殿の写真です。

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境内にあったお稲荷さんです。

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これも椎の木でしょうか。だとしたらこれが4本目。

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ところで、狛犬の下方に、小石が並んでますね……。よく見ると、地面にここで段差ができていました。土が流れないようにしてあるのでしょうか。あまり本格的に並べたような印象は無いのですが……。

椎の木についての説明はどこにもないですね。

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それよりも小石の方が気になります。あっちにも、こっちにも、並んでいます。

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そしてこんな所にまで石が!

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裏の方にもあります☆

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何げなく置いてあったりします。

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面白いですね〜。なんで並べてあるんでしょう。子どもの仕業? じゃなさそうですよね。

他にも、お地蔵さまとか碑だとか、見ざる言わざる聞かざるだとか、お不動様みたいなのだとか色々境内にありました。

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椎の木はたしかにありましたが、なんの情報も得られなくて残念です。
でも小石たちにあえて面白かったです。

このあとどうしようかと思って地図を見たら、すぐ近くに世田谷文學館なるものがあるので、とりあえず行ってみることにしました。

(続く)
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2018年07月24日

大橋場〜烏山神社〜世田谷文學館(2)

続きです。

というわけで、まず事件の起きた「大橋場」跡に行ってみました。最寄りの駅は京王線の芦花公園駅です。北側に出ます。

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駅そして線路にそって西へ向かう細い道をたどります。
こんなシャッターがありました。何のお店か気になります。

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もうこれ以上西に行けなくなったら右折して北上します。しばらく歩くと旧甲州街道に来ます。ここで左折します。

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先の方に見える茶色のビルの手前が元、橋があった場所です。

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下の写真の角にはホテルがあって、その次の写真でベンチの後ろに見える緑色の部分が、烏山川のあったあと(暗渠になっている〜今は下水道的な存在)だそうです。

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左に曲がったところに、大橋場跡の記念碑(柱?)が建っています(「武州烏山村 大橋場の跡」と彫られています)。その右にはお地蔵さまがならんでいます。

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現地に来てみましたが、なにか感じるようなことはありませんでした。普通の場所です。日常的。でも下を水が流れているんだなと思うとちょっと不思議な気もします。町というのはいろんなものが見えなくなってしまった場所なのですね。

川の跡は歩道になっているところもありますし、フェンスで鎖されてはいれなくなっているところもあります。下のページが詳しいです。

烏山川の上流部(「世田谷の川探検隊」のサイトより)
http://tanken.life.coocan.jp/setagaya/karasuyama-1.html

烏山川はここから烏山神社そばを経て、世田谷文學館のほうに続いています。ぼくもそれに沿って移動しました。お地蔵さまの前の道をずっと南下していきます。下の写真のようなお屋敷もあります。

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京王線の踏切を越えてもっと行くと、正面に烏山神社が見えてきます。

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(続く)
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2018年07月23日

大橋場〜烏山神社〜世田谷文學館(1)

7月22日(日)には、まず京王線の芦花公園駅ちかくの「大橋場跡」というところに行きました。今は川が暗渠になっていて見えなくなっていますが、ここには川が流れていて「大橋場」という名の橋が架かっていたんです。この道は旧甲州街道だそうです。

関東大震災の折、西へと逃げる避難民とは逆に東へ向かうトラックがあり、それには13人の朝鮮人土工たちが乗っていたのだそうです。その車がこの石橋のところでまで来た時、橋が壊れていたため脱輪し動けなくなりました。そこへやってきたのは地元の自警団。彼らは武器を持って襲いかかってきて惨劇が行われたのです。その後、近くの烏山神社に12本の椎の木が植えられました。それは誰がなんのために……。

イントロはそれくらいにして中川五郎さんの歌う『トーキング烏山神社の椎の木ブルース』をお聴きください。ちょっと長いです。


初めて聞いた時は衝撃を受けました。

3月の禁酒會舘での中川五郎さんのライブについてはこちらに記事を書いています:
http://flim-flam.sblo.jp/article/182606761.html

一体どういう事件だったのか……かなり詳しいブログがありますので紹介しておきます。

●カフェコアラの空転花火
@地震より恐ろしかったこと〜関東大震災時の朝鮮人虐殺
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12058372506.html
Aデマに左右されない大人になる→関東大震災時の朝鮮人虐殺
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12058865828.html
B報道解禁後の新聞から→加害と被害の状況
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12059341312.html
Cマスコミは正しいのか→まちまちな情報が未来に混乱と矛盾を伝えてしまう例
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12060559236.html
D加害者になった自警団→11月に絞られた犯人、でも被害者は一体何人?
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12060943416.html
E死者は3人か?駈け足で新聞をめくって→マスコミからも消えた烏山事件
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12061775634.html
F真実はどこに?新聞記事を整理しつつ→関東大震災時の朝鮮人虐殺事件
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12062987039.html
G徳富蘆花のたわごと→同じ千歳村に住んでいた知識人の記録
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12063030252.html
H内田良平の調査→具体的な事件のもよう
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12064115960.html
I大橋場の跡〜惨劇が起きた現場を歩く
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12066008593.html
J烏山神社〜13本の椎は、殺された?朝鮮人13人の慰霊か?
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12066271614.html
K椎の木〜それでは問題の椎の木をご紹介します
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12066618483.html
L地域の汚点と向き合った地元のひと→烏山事件を初めて書いた勇気
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12068271240.html
M臀部を斬られた男→はっきりしている死者
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12068462403.html
N古老の証言より→烏山事件を解くカギ
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12068653297.html
O震災から60年後の新聞→椎の木慰霊説は否定?
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12068858390.html
P大橋場は知っていた→不幸と不幸が交錯した場所
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12069415933.html
Q銃と教授とガリ版→少し前進そして壁どん
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12070779310.html
R描かれていた烏山事件→石川泰三は目撃していた
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12071057602.html
S府中警察署の朝鮮人→保護に努めた警察官もいたのではないでしょうか
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12071842762.html
S@知るの先→隠すことのない真実を求めて
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12074052875.html
SA公文書にあった名前→西府村の名簿から
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12074176793.html
SB西府村役場跡をたずねる→関東大震災朝鮮人虐殺烏山事件
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12078476349.html?frm=theme
SC下河原をたずねる→関東大震災前夜朝鮮人労働者はどこで働いていたか
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12078647696.html?frm=theme
SD吉村昭『関東大震災』からN氏の行動
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12079381257.html?frm=theme
SE下賜金を朝鮮人ニモ御下付申請ノ件→国立公文書館に寄り道して
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12079603535.html?frm=theme
27.船橋無線塔→関東大震災時朝鮮人虐殺事件の烏山事件
https://ameblo.jp/cafecoara/entry-12092497915.html?frm=theme

●9月、東京の路上で
【1923年9月2日午後8時/千歳烏山 椎の木は誰のために(「13本の椎の木」改題)】
http://tokyo1923-2013.blogspot.com/2013/09/192392813.html

※(2)に続きます。
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2018年05月06日

上町台地の北端

4月28日、唐組の整理券を貰ったあと、まずは乙女屋さんまで北上しました。
https://mobile.twitter.com/mihopr

この日は4月の第4土曜日ということで「WABARAの日」。開いていたドアからそっと覗くと素敵な和ばらがお店の中にありました。ただ、いかにも乙女屋のお客様という感じの若い女性の方が乙女屋さんとお話ししておられたので、商売の邪魔をしちゃいけないな(すみません、これから芝居を見るので薔薇を買う予定はありませんでした……)と思って引き上げました。そもそもあまりのんびりしているわけにもいかなかったんです。

一度、南天満公園あたりまで南下し、天神橋を渡って、八軒家の船着き場に行きました。
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ここを出発点として上町台地の北端(の一番西の端)を散策することにしました。
まずは天満橋の方まで行って、南下し土佐堀通りの南側を歩きました。
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少し西に歩くと「永田屋昆布本店」というお店があります。その店の前に「八軒家船着場石碑」が建っています。
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そばには解説のプレートがあります。
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また、八軒家のことを詳しくかいたパンフレット(『八軒家の今昔』)も置いてあるんです。ぼくも1冊いただきました。

ともかくここが上町台地の北端を下った場所なのです。この店と西隣のビルの間の路地の突き当たりには壁のようなものが見えています。
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写真ではよく見えませんが、そこで大きく段差ができているんです。

もう少し西に進むと左に、上町台地に上がる階段が見えます。
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とても風情のある階段です。

右手の建物(?)もいい感じ。上は公園になっているんです。
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公園を通り抜けたところにある道が熊野に向かう道だそうです(熊野街道)。
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さて、階段を上から見るとこんな感じです。
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壁のアップです。
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下の方にはドクダミも生えています。白い花が好きなのですが、まだ咲いていません。
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石段を降りた所に住居表示の境目の部分がありました。
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右が「天満橋京町3」で左が「石町一丁目3」です。天満橋の方に戻るとこの部分も描かれた地図がありました。
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NHKの『ぶらタモリ』でやっていましたが、大阪では、通りに沿って町名が付くので、こんな風に異なる町名の場所が背中合わせで並ぶんだそうです。面白いですね。

天満橋南の交差点を天満橋の方から撮った写真です。
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交差点の先の方が坂になっているのがわかるでしょうか。向こうが台地になります。それを左に行くと大阪城があります。

また八軒家に戻ると面白いバスが停車中でした。「ダックツアー」と言って、水陸両用車のバスで観光が出来るのだそうです。面白そうです。
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17:15の回にまだ空きがありましたが、晩ご飯を食べなければいけないので今回はあきらめました。

短い散策でしたが、なかなか面白かったです。
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2018年03月16日

三原を初体験(4) 旭町通り〜古浜

さて、新幹線の高架、続いて山陽本線の高架をくぐり抜けると、やや左方向に、ぐっと渋い通りが見えます。旭町通りというようです。地図にも『懐かしい昭和の町並み』と書いてあります。右手(南側)にところどころ路地があって、港が見えます。

例の地図を再掲します。
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ここが通りの入り口です。
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山側の家の写真を載せておきます。左側(山側)は、玄関が高くなっていて階段で上るようになっている家が多いです。海側(右側は)そうなっていません。傾斜のせいでしょうか。それとも高潮対策でしょうか。

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港側のお店です。地図にも載っている有名店のようです。
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通りの最後まで来ると古橋橋の下に来ます。ちょうど山陽線の電車が走ってきました。

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海なのか川なのかわかりませんが、一応「古浜入川」という名前がついています。古浜橋のところでカギ型に折れています。これは南を向いて撮った写真です。逆光でうまく写っていません。向かって右側には船がたくさん係留されています。左側にいっぱい積んだものが見えますが、タコツボのようです。

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下は古浜橋と西に折れ曲がった古浜入川です。こちらにはかなりたくさん船が停泊しています。川の右に家が並んでいますが、それが旭町通りの海側の家並みになります。

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そちらに行く前に少し南方向に歩いてみました。タコツボがたくさんあります。
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今度は旭町通りの裏側にあたる部分を西に歩いてみました。防波堤の上には盆栽なども置いてありました。
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これは防波堤に隠れた石灯籠。ぼつり石どうろうと呼ばれています。彫られている字が「太神宮」と読めないこともない気がします。どうなんでしょう。
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古浜入川の一番奥にもタコツボが積み重なっています。
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ぐるっと回ってタコツボに近づきました。

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そして今度は反対側の防波堤にそって歩きました。

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こちら側には古浜北公園という公園があります。その端っこに灯籠があったので、これが地図に載っている「常夜灯」かな……と思いましたが、違うかもしれません。もう少し歩いてみればよかった……。とはいえ、研究集会の開始時間(13:00)が迫って来て、まだ昼ご飯も食べていません。もう12:30を回っていたので、会場に向かいました。

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次の日(つまり今日)、もし天気がよければ、おさくじ通りの端っこにある「西浜むかし町」というエリアを歩きたかったのですが、今日はぐんと冷えて、風も冷たく、12時になっても小雨が降っていたので、観光はしないで岡山に帰りました。

三原って古いものがかなり残っていていい町です。ぜひまた来たいと思います。今回はこだまを使いましたが、在来線でも1時間半あれば岡山から来れるようです。
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三原を初体験(番外編) 戦国ジジイ・りりのブログ

線路の南側の記事の前に、番外編として、他の方のブログを紹介します。とても詳細な旅の記録をつけておられる方です。今回行けなかった寺社のこと、そして三原城のことが詳細にレポートされています。全部は無理でしょうが、お時間のあるときにご覧ください。ぼくも研究して次回の旅(あるでしょうか?)の参考にしたいと思っています。

戦国ジジイ・りりのブログ

三原編(1) プロローグ
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209030000/

三原編(2) 米山寺/宝篋印塔群
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209040000/

三原編(3) 米山寺/小早川隆景の墓
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209050000/

三原編(4) 米山寺/境内
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209060000/

三原編(5) 米山寺/霊堂
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209070000/

三原編(6) 歴史民俗資料館/三原と沼田の地名
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209080000/

三原編(7) 歴史民俗資料館/三原の酒
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209090000/

三原編(8) 芸備国境〜大須賀神社
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209100000/

三原編(9) 大須賀神社
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209110000/

三原編(10) 定屋大橋
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209120000/

三原編(11) 法常寺/ざっと境内
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209130000/

三原編(12) 法常寺/歴史と巴紋
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209140000/

三原編(13) 法常寺/開山堂〜隆景の荼毘
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209150000/

三原編(14) 法常寺/創建〜大内氏と曹洞宗
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209160000/

三原編(15) 法常寺/移転と三原城下整備
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209160001/

三原編(16) 三原八幡宮/壱里塚〜山門
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209170000/

三原編(17) 三原八幡宮/山門〜神饌殿
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209180000/

三原編(18) 三原八幡宮/摂社群
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209190000/

三原編(19) 三原八幡宮〜順勝寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209200000/

三原編(20) 順勝寺〜釜山寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209210000/

三原編(21) 万福寺〜大善寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209220000/

三原編(22) 大善寺/山門〜本堂
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209230000/

三原編(23) 大善寺〜一畑薬師
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209230001/

三原編(24) 極楽橋〜寿徳寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209240000/

三原編(25) 寿徳寺〜香積寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209250000/

三原編(26) 香積寺〜宗光寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209260000/

三原編(27) 宗光寺/山門
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209270000/

三原編(28) 宗光寺/本堂〜七重石塔婆
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209280000/

三原編(29) 宗光寺/福島正之と満天姫
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209290000/

三原編(30) 宗光寺〜明真寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201209300000/

三原編(31) 正法寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201210010000/

三原編(32) 峠の地蔵〜大島神社
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201210020000/

三原編(33) 大島神社〜妙正寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201210030000/

三原編(34) 妙正寺/本堂〜三原の時の鐘
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201210040000/

三原編(35) 妙正寺〜成就寺
https://plaza.rakuten.co.jp/sengokulily/diary/201210050001/

三原編(36) 3日目/城外〜たこつぼ(笑)
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三原編(37) 太神宮
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三原編(38) 籠恕神社〜極楽寺
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三原編(39) 極楽寺/山門
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三原編(40) 極楽寺/本堂と石垣
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三原編(41) 松寿寺/山門と松寿寺の歴史
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三原編(42) 松寿寺/鐘楼〜三重塔
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三原編(43) 松寿寺〜観音寺
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三原編(44) 浄楽寺〜専福寺 
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三原編(45) 専福寺
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三原編(46) 西国街道〜善教寺
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三原編(47) 善教寺
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三原編(48) 本陣〜4日目
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三原編(49) 佛通寺1/愚中周及
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三原編(50) 佛通寺2/開山堂
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三原編(51) 佛通寺3/含暉院
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三原編(52) 佛通寺4/苦難の歴史
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三原編(53) 佛通寺5/山神社〜多宝塔 (1)
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三原編(54) 佛通寺6/崑崗池〜巨蟒橋 (2)
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三原編(55) 佛通寺7/山門〜仏殿
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三原編(56) 佛通寺8/愚中周及(佛通寺後)と、そのサポーター
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三原編(57) 佛通寺9/観音堂〜玄関
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三原編(58) 佛通寺10/庫裏
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三原編(59) 佛通寺11/境内あれこれ
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三原編(60) 佛通寺12/御許神社
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三原城(1) 天守台〜三原城の歴史
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三原城(2) 三原要害と隆景、あ〜んど毛利家
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三原城(3) 永禄以降
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三原城(4) 天守台
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三原城(5) 天守・本丸石垣
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三原城(6) 鍛冶曲輪跡
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三原城(7) 本丸御殿
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三原城(8) 三原城にゅ〜す
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三原城(9) 廃城へ
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三原城(10) 本丸中門跡〜西築出
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三原城(11) 西大手門〜東大手門
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三原城(12) 東船入櫓
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三原城(13) 移築門
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三原編(61) 糸碕神社/拝殿 (5)
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三原編(62) 糸碕神社/本殿〜御調井
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三原編(63) 最終回
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小早川隆景の知名度 (4)
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三原を初体験(3) 西国街道 Part 2

西国街道のPart2です。

西国街道から南に延びる今小路の角にも胡神社がありました。ここには色の塗られた石ダルマがあり、とても目立っていました。

神明大橋を渡って東側にはかなり大きなお屋敷が増えてきます。先ほどの富田酒店もそうでした。下の「真田家」もそのひとつですがあ。
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胡神社がもうひとつありました。写真は省略。その先に酒屋「醉心」がありました。
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公式サイト
http://www.suishinsake.co.jp

飲食店の「酔心」は多分同じ系列なのでしょうけれど、字が違っていますね。

さて、西国街道を東に歩くにつれ、山に近づいてきました。そのふもとにお寺があって塔も建っているのが見えました。お寺もひとつぐらいは行ってみようということで、少しだけ西国街道から外れてみました。

ここから登って行くようです。
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見上げるとこんな感じ。
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階段の途中にある祠。
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やっと山門まで来ました。
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なかなか立派なお寺です。
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塔(三重の塔があるのです)はもう少し上のようでしたがパスして降りることにしました。

お寺からの眺めです。
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西国街道に戻ると、また胡神社です。ガラス戸が閉まっています。外にはなにもありません。「神明市」の期間中、巨大なダルマが設置されるのがこのあたりの路上(というか空中)のようです。
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ここで西国街道は大きく向きを変えます。先の方で新幹線の高架をくぐっています。
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熊野神社への参道です。
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小さな太神宮の祠がみえますか?
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ここで西国街道からそれて、新幹線や在来線の南側を散策することにしました。

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続く。
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